「あの光」
村人に、あの光は何ですか?と尋ねてみた。
彼は少しとまどって 少し呼吸を置いて それからいつもの笑顔で教えてくれた。お面みたいな顔でパクパクと口を動かして答えた。
「決して 名前を口にしてはいけないものなんですよ。」と。
私たちは みな あれが何かを知っています。お互いに確かめたり、することは決してありませんが みなしっているのです. 子供も大人も生まれてから死ぬまで 一度もあれを口にはしませんよ。」
「名前はいいです. だったらあれが何なのか、何の為のものかだけでも教えてはくれないですか?」
「それは先ほどの質問と 同じことですよ 旅人さん」
名前を言うということはそれが何であるかをいうことと同意義ですからね。」
「・・・誰か あのふもとへ行ったんですか?」
「いいえ」
「では だれも本当は あれが何であるかを知らない んでは ないのですか?」
「ここは敢えて ノーコメントということにしておきましょうか」
「そんなに大切なものなのですか」
「・・・普段は忘れているのですよ。口に出さないままずっと心だけでおぼえているというのは結構大変なことですからね。我々があれの話をするのは 遠方から貴方のような旅の方がきたときだけですから。」
「お互いに確認し合わないのだったら どうして 貴方は他の人がその名前を知っているかご存知なんですか?」
「なんと説明したらよいのやら。私達はみなあの光を見ることができる。それを確認することはできますね?」現に貴方にも見えている」「はい。」
「全てはそれぞれの心の中にあるのです.
確認し合う必要などない。」
「もし その名前を口にしたらどうなってしまうのですか?」
「ここ近頃はだれもそんな真似はしないですからね. 実際どうなるかわかりませんけどね. 私がひいじいさんから聞いた話だとすぐには何も変わりません。ただ・・・」
「ただ?」「しばらくすると光のことなどまるで見ていないようになってしまいます。光のことなど考えなくなるのです」
「それは特に悪いことでもないように思えますが・・・」
「その通りです。本人には全くなんの影響もありません ただ 光のことは忘れられるのです. 先ほど言ったようにだれも村では光の話はしませんから その人は忘れたということすら忘れてしまうのです。なんとおそろしいことでしょう。
「・・・」
「人間というのはとても不完全なものです。だから 口にしてはいけないのです。言葉は世界にはきだされたしゅんかんに意味を失います。きれいに形を保ったまま誰かに届くことなど ありえないのですから。」
「申し訳ないのですが私は貴方のいっているいみが いまいち受け取れません。」「自分の目でみたものをしんじるのが一番手っ取り早いように思えます. 今からあそこへいって あれが 何なのか確かめたいのですが それは構いませんね。」
「・・・」
「それは勿論我々に止める権利などは みじんもありませんから、それにたいていの人たちは私どもの話をきいたあとあの場所へ行くといいます。あの光は大変美しい。この世のものとは思えない程だ. 私にもそのお気持ちはわかります。
「だったら一緒に。」
「いいえ。それは結構です. 私どもは見て、毎日 あれを感じられる だけで充分です
下手に近づいていって 光を見失ったりでもしたら大変ですからね。」村でのくらしが一番です。」
「そうですか.わかりました」
「いくまえにひとつだけ. 光のさしている方向をしっかりいまのうちに覚えておいて下さいね。」「光」をおぼえるのでは ありません それはただの仮の名前ですから。むずかしいことですよ。いまのうちによくみて」
「だって あれはどうみても北の山から」
「いいえ 大切なのは どこにあったかです。どんないろだったか とか どのようにさしているかは 覚えていなくてもいいのです。実際たどりついたら あなたのそうぞうなんて かるく超えるくらい すばらしいものかも. いやその逆かもしれない。」
「はい。」
「そして 道をみうしなったらどうしようなんて考えは全く意味のないものです。どうせみうしなうべきみちなんて もとから ありませんからね。
「大切なのは心においておくことです。あなたのその心のなかに✴︎✴︎(判読不明)の光を。たどりつくまでは ずっと。
「わかりました。」
「さいごにひとつだけ あなたは旅の果てに何を見出そうとしているのですか?」
「・・・わかりません。それがわかっていれば旅などもうとっくにやめているでしょうね。」
「・・・その答えはあなたで6308人目です。最近はそういうのがはやっているのですか?気をつけて。
天が貴方に味方をしてくれることを祈ります。
「ありがとうございます。」
旅人はもうわかっていた。
自分の 旅の 目的も あの光の正体も
だから 敢えて いわなかった
大切なことは口にしてはいけないのだ。
顔を上げるとそこは漠然と広がる砂漠だった。
人のよさそうな老人もあの光も何も見えなかった。
そんなことはどうでもよい あの光はまだ彼の中で
こうこうともえつづけている。あとは いかにその光を消すことなく旅をつづけるかだ。
彼は少し考えてから目をとじた。
そして おもむろに くるっと 180° かいてんすると
歩みをすすめた。
彼のまうえで太陽がわらっていた。
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(あとがき)
こんにちは、清水楚央です。
久しぶりに実家を整理したら、2003年の手帳が出てきました。
なかなか面白いことを書いていたので、世界に発信する術を持たなかった2003年のわたしの代わりに2018年のわたしが発信しておくことにしました。
あれから、貴方の光はどうですか?
おっと、口にしてはいけませんでしたね。
J humind association|清水楚央
※もはや15年前の意図なんてわからないので、原文のまま転記してあります。空白や行間に意味があったら15年前のわたしに悪いからね。