信じるの?
日本語で日常よく使う似た言葉に、『信じる』と『信用する』があるが、意味が全く真逆に違うことに気づいた。
信じる(信ずる)は前提が、疑わずに、疑うことなく、身を任せる。
とあり、全く自分の意志を放棄した状態をいい、
信用するは、自分の意思で間違いないと判断して行動に移っている。
ここから引き出せるたった一つの解釈
「私を信じなさい」、「・・を信じなさい」という言説は信じてはいけないということだった。自分の意見を持たずに、全て他人の言いなりになるのだから、思考回路は単純で悩みはない。命令に対して全てイエスで方がつく。
別の観点から見ると、自分の意志で動ける人を自由人といい、自由意志を全く持たない人、持てない人を奴隷という。
大辞林の言うように
神仏などをあがめ尊び、身をまかせる。信仰する。
ことを信じるといい、奴隷状態にあるといえる。
最近、宗教問題でニュースが賑やかだが、「信じるということは、自分の意志を捨てて、奴隷になることだ」との認識が広がることが望ましい。