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めがねをかけたヤマタノオロチ

厄年というのが女性と男性とで年齢に違いがあることをまだ知らなかったあの頃、まさか自分の身に42の「大厄」が降りかかるとは想像だにしなかった。

厄年とは数え年で男性の25歳・42歳・61歳、女性は19歳・33歳・37歳・61歳になる1年間のことを呼びます。 さらに、その前年を「前厄」、その後年を「後厄」として、それぞれ3年間の注意を促す期間と言われています。 その中でも、男の42歳、女の33歳は「大厄」と呼ばれており、特に注意が必要な年齢と言われています。

飲み会の失敗談は、これくらい年齢を重ねると、いくらでもあるけれど、特にあの時の失敗はひどかった。それが42の大厄に起こるのだから厄年というのもあながち間違いではないらしい。

そもそも、厄年は体調の変化からおこるものだといわれている。人間はもともと40歳ぐらいまでに亡くなる期間が歴史の上で長かったため、それぐらいの時に体調に変化が起こるものらしい。

しかしある説によれば、厄年で体調が悪くならないときは、周りの物が壊れていくという、眉唾な話もある。そうなると、いったいどういう仕組みがあるのだろうといぶかしくなる。

あれは近所の会合で、仲間といつものようにわいわい楽しく痛飲した帰りの出来事。これくらいなら大丈夫だよとばかりに、仲間と二人で自転車で帰ることにした。

酔って自転車に乗るということが、どれほど危険なことなのかを身をもって知った今となっては間違いを起こすことはもうないが、その日の僕は後に起こる惨劇を知る由もなかった。

家まで、あと100mくらいだったろうか。仲間とふらふらで帰ってたので、仲間の自転車が当たったのか、自損なのかも記憶にないが、ぐらついた自転車が横転し、その拍子に僕は民家の生け垣に激突した。

運の悪いことに(だから厄年なのか)、その生け垣の下が石垣で、そこに思い切り頭をぶつけてしまった。

頭から血が吹き出ているのだけど、そんなときって不思議と笑いしか出てこない。へらへら笑いながら、仲間に「大丈夫、大丈夫」といって家に帰った。

当然、妻はびっくりした。タオルを当ててもらい、応急処置をしてもらってから、その日は寝てしまった。

朝、起きて鏡に映った自分の顔を見て、もう笑うしかなかった。

「これじゃぁ、お岩さんだよ(お岩さん、ごめんなさい)」

顔面は血が固まったものの、腫れ上がってみるに見れない状態。このとき、まだ小さかった子供たちは、はじめて「目をそらす」ということを覚えた。

しかし、問題はこれだけではすまなかった。

「眼鏡がどこにもない」

きっと生け垣に眼鏡を落としてしまったのだろう。通勤と重なるといけないので、早めに妻と眼鏡を探しに出かけた。

すると、例の生け垣のすぐ傍にばらばらになった眼鏡が見つかった。

どうやら想像するに、かけていた眼鏡が直接石垣にぶつかり、僕はこの程度で済んだらしかった。もし、眼鏡がなかったらと思うと、想像するだけで恐ろしい。ぱっくり頭が割れていたのだろうか。厄年、恐るべし。

この日を境に、僕は体が壊れたり、ものが壊れたりすることもなくなった。ひょっとすると、眼鏡が僕の代わりに壊れてくれたのだろうか。めがねくん、ありがとう。ちゃんと供養してあげればよかった。直ぐに買い替えたことが、今でも心残りだ。僕はどうすればよかったのだろう。



さて、出雲神話で酒で失敗したと言えば、ヤマタノオロチに尽きる。
スサノオはヤマタノオロチを退治するのに8つの酒樽を用意し、8つの入り口に垣を設け、その先にそれぞれの酒樽を置いた。ヤマタノオロチはそれぞれの垣に首を突っ込み、ぐびぐびと酒を飲み始めた。酒樽に首を突っ込んで痛飲したヤマタノオロチは、酔っぱらって寝入ってしまった。スサノオは、ここぞとばかりにヤマタノオロチの八首を剣で斬り散らし、退治してしまった。

雲南市には、スサノオがヤマタノオロチの八首を埋めた場所に杉を植えたものが残されていて、「八本杉」として有名になっている。


誰でも酒の失敗は数あれど、ヤマタノオロチのように殺されてしまってはどうしようもない。

ひょっとして、ヤマタノオロチも厄年だったのではなかろうか。

とはいうものの、死んでしまっては運も不運もない(哀しいことにそれが現実だ)。

ヤマタノオロチも、せめて眼鏡をかけていたら助かったのだろうか



今回も最後まで読んでくださり、ありがとうございました。 
 
よかったら、八本杉にもいらしてください。

酒の失敗を重ねた御同輩、お待ちしています ♪



こちらでは出雲神話から青銅器の使い方を考えています。

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