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お朝勤 並びに 『口伝鈔』 ポルトガル語版を翻訳  7章   「さかりに凡夫と談ず」

おはようございます。 Bom dia a todos!

『大無量寿経』(巻上)
http://labo.wikidharma.org/index.php/%E4%BB%8F%E8%AA%AC_%E7%84%A1%E9%87%8F%E5%AF%BF%E7%B5%8C_(%E5%B7%BB%E4%B8%8A)
『大無量寿経』(巻下)
http://labo.wikidharma.org/index.php/仏説_無量寿経_(巻下)


O Sutra Maior Sobre o Buda da Luz Infinita (1)
https://www.dropbox.com/s/4jizvk1admnv3rm/sutra%20Buddha%20vida%20infinita%20-%20parte%20um.doc?dl=0
O Sutra Maior Sobre o Buda da Luz Infinita (2)
https://www.dropbox.com/s/o1uj62burt5yizf/sutra_Buddha_vida_infinita_-_parte_dois.doc?dl=0

BU" SE' MU RYÔ JU KYÔ (Pronúncia japonesa)
https://www.dropbox.com/s/jb3zfnv4qhzoya0/BU%22%20SE%27%20MU%20RY%C3%94%20JU%20KY%C3%94%20KAN%20J%C3%94.pages?dl=0


Capítulo 7

Sobre o Ir-nascer dos leigos
信徒の誕生について

 Geralmente outras escolas não concordam que um leigo nasça na Terra da Recompensa. Mas, de acordo com o Verdadeiro Ensinamento da Terra Pura, inspirado pelo entendimento da linhagem do Mestre Shan-tao, a Terra da Recompensa é a Terra Pura da Paz e da Felicidade e os leigos enxergam que esta Terra é exatamente isto.   

Google翻訳
一般的に、他の学校は、素人が報酬の国で生まれることに同意していません。 しかし、マスターシャンタオの血統の理解に触発された浄土の真の教えによれば、報酬の土地は平和と幸福の浄土であり、一般の人々はこの地球がまさにそれであると理解しています。

原文
凡夫の往生
(7)
一 凡夫往生の事。
 おほよそ凡夫の報土に入ることをば、諸宗ゆるさざるところなり。しかるに、浄土真宗において善導家の御こころ、安養浄土をば報仏報土と定め、入るところの機をばさかりに凡夫と談ず。


出典: 浄土真宗聖典『ウィキアーカイブ(WikiArc)』

凡夫の報土に…
ぼんぶのほうどに…
  凡夫の報土に入ることをば、諸宗ゆるさざるところなり。
  報土に入ることができるのは無漏智むろち(煩悩ぼんのうのない智慧ちえ)を得た初地しょじ以上の菩薩であるとするのが通説であった。 (口伝鈔 P.882)


善導家
ぜんどうけ
  善導大師の流れを汲む念仏の教え。(口伝鈔 P.882)
安養浄土をば…
あんにょうじょうどをば…

 「玄義分」の文(註釈版聖典七祖篇326頁6行以下)参照。(口伝鈔 P.882)

問ひていはく、弥陀の浄国ははたこれ報なりやこれ化なりや。
答へていはく、これ報にして化にあらず。 いかんが知ることを得る。
『大乗同性経』(意)に説きたまふがごとし。 「西方安楽の阿弥陀仏はこれ報仏・報土なり」と。 また『無量寿経』(上・意)にのたまはく、「法蔵比丘、世饒王仏の所にましまして菩薩の道を行じたまひし時、四十八願を発したまへり。
一々の願にのたまわく
一々の願にのたまはく、〈もしわれ仏を得たらんに、十方の衆生、わが名号を称してわが国に生ぜんと願ぜんに、下十念に至るまで、もし生ぜずは、正覚を取らじ〉」と。 いますでに成仏したまへり。 すなはちこれ酬因の身なり。
また『観経』(意)のなかの上輩の三人、命終の時に臨みて、みな「阿弥陀仏および化仏と与にこの人を来迎す」とのたまへり。 しかるに報P--327身、化を兼ねてともに来りて手を授く。 ゆゑに名づけて「与」となす。 この文をもつて証す。 ゆゑに知りぬ、これ報なり。 しかるに報・応の二身は眼目の異名なり。
前には「報」を翻じて応となし、後には「応」を翻じて報となす。 おほよそ報といふは因行虚しからず、さだめて来果を招く。 果をもつて因に応ず、ゆゑに名づけて報となす。 また三大僧祇の所修の万行、必定して応じて菩提を得。 いますでに道成ぜり、すなはちこれ応身なり。 これすなはち過・現の諸仏に三身を弁立す。 これを除きて以外さらに別の体なし。 たとひ無窮の八相・名号塵沙なるも、体を剋して論ずれば、すべて化に帰して摂す。 いまかの弥陀は現にこれ報なり。


現代文
おおよそ、愚かなひとが真実の浄土にはいるということは、諸宗では許さないところである。ところが、浄土真宗では、善導大師を奉ずるひとたちのお考えとしては、安養浄土をば、(かつて立てた誓いをなしとげて)その報いとしてあらわれた真実の仏が報いとしてえられた真実の浄土であると定め、そこにはいることのできるひとはまさに愚かなひとなのである、と説いている。

感想
これも歎異抄と関係が深い、
o Verdadeiro Ensinamento da Terra Pura = 浄土真宗

浄土真宗 『歎異抄』第十五章 本書60ページ 注の11参照

a Terra da Recompensa = 報土
a Terra Pura da Paz e da Felicidade  = 安養浄土をば

その報いとしてあらわれた真実の仏が…… 原文には「報仏。報土」という。 『歎異抄』第一章参照。本書12ページ参照

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歎異抄・執持抄・口伝抄・改邪鈔 (東洋文庫0033) Kindle版
親鸞 (著), 石田 瑞麿 (翻訳)

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Shu Izuhara 泉原 秀
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