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大人になると、面白いことは減る。でも、面白がる力は鍛えられる。

念願の講演会だった。

チケットを取るためにスマホとにらめっこし、座席を選ぶときにはステージがよく見えるかを何度も確認した。仕事を無理やり片付け、県外まで遠征して、ようやくその作家の生の言葉を聞けるのだ。


私はその作家の本を読むたびに、自分の人生が少しだけマシなものに思えてくるのを感じていた。彼のエッセイには人生の悲哀と笑いが詰まっていて、それを読んだ後には、少し肩の力が抜ける。今日の講演会も、まさにそんな話ばかりだった。


「大人になると、面白いことは減る。でも、面白がる力は鍛えられる」


そんな言葉が心に残った。私は新幹線の座席に座るなり、ノートを開いてメモを取り始める。隣に誰かが座る気配を感じたが、気にせずペンを走らせた。


そして、次の瞬間——。


くっさ!!!!!!


何かが、異常に、臭う。

いや、これはもう臭うとかそういうレベルではない。攻撃だ。刺激臭の暴力。犯人は隣のおじさん。彼の手には、湯気を立てるファミチキ。


えっ、新幹線でファミチキってアリなんですか!?


私はファミチキが嫌いなわけではない。むしろ好きだ。夜中に食べるファミチキほど罪深くて最高のものはない。しかし、それはひとりのときにひっそりと楽しむべきであって、密閉された車両で、他人の鼻孔を直撃しながら食すものではない。


しかも、手に持っているのはファミチキだけではなかった。おじさんはコンビニ袋から、次々とアイテムを取り出し始める。


——おにぎり(ツナマヨ)

——ゆで卵(割る)

——味噌汁(カップ)


さすがに「自分家か?」とツッコミたくなる。


私は最初、我慢しようとした。メモに集中しようとした。でも、鼻は正直だ。ファミチキの香ばしい油の香りが、私の記憶から講演会の内容をかき消していく。


——「大人になると、面白いことは減る。でも、」

(ファミチキ)

——「面白がる力は」

(ツナマヨ)

——「鍛えられる」

(味噌汁)


もうダメだ。講演会の話が全然思い出せない。頭の中はおじさんの食事実況になっている。私は今、講演会の感想ではなく、**「新幹線 ファミチキ 臭い」**と検索しそうになっている。


思わず、チラッとおじさんを見る。

おじさんは幸せそうにファミチキを頬張っている。なんなら目を閉じて味わっている。罪悪感のかけらもない。完全なる無敵の人。


私はその瞬間、何かが吹っ切れた。


——「大人になると、面白いことは減る。でも、面白がる力は鍛えられる」


……これが、そういうことか?

私はペンを置き、静かにおじさんを観察することにした。新幹線の密室で、どこまで無邪気に食事を楽しめるのか。その限界を見届けることにしたのだ。


おじさんは、ゆで卵の殻を車内ゴミ箱に捨てると、今度はアイスコーヒーを取り出し、プラスチックのストローを刺した。新幹線に流れるコーヒーの香ばしい香り。ファミチキと混ざると、妙にエスニックな風味になる。


もはや、笑えてきた。

この光景を目の当たりにして、怒る気力も消えた。たぶん、これも人生の一部なのだ。


私は、ノートにそっとメモをした。


「新幹線 ファミチキ くさい」


たぶん、今日の講演会で一番心に残るのは、この言葉になりそうだ。

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