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【連載小説】オトメシ! 10.回転ずしライジング

【連載小説】オトメシ!

こちらの小説はエブリスタでも連載しています。

エブリスタでは2024.1.9完結。





 

 ♦ ♦ ♦
――2002年4月26日
 学校で唯一昔の私を知る幼馴染のキョウシロウにもレンダと共にバンドをやろうと言われた。
 聞くとキョウシロウは軽音楽部があるからこの高校に来たと言っていた。そして五十嵐レンダという男は音楽のセンスが高いと評価する。
 私は軽音楽部に入部して、今在家キョウシロウ、五十嵐レンダ、高瀬川モリゾウとバンドを組むことになった。
 ♦ ♦ ♦

 
 昼時、回転ずしチェーン店にて姫原とテーブル席に着いている。
 
 寿司といえば、一般的に淡白なネタから味の濃いネタへと食べていくのが正しい順番とされるが、回転ずしにそんな作法などない。
 
 邪道なネタのオンパレードで、魚類のクオリティも高級店と比較すると劣るのは仕方がない。
 
 姫原はあたりをキョロキョロと何か探している様子で何かいるかと訊くと、幸せがないと言っていた。

「わさびがあるじゃないか」
 
「違ウ、ソノ辛サジャナイ。ワサビハ幸セジャナイ」
 
 となぜかカタコトで返す姫原。
 
 姫原が欲しているであろうカプサイシン系のHOTな辛味は回転ずしにはないだろう。
 
「たまには普通に食えば?」
 
「不服です」
 
 でしょうね。
 
 俺はタブレットを姫原に見えるようテーブルに置いて「食いたいやつあったら言えな」と姫原がタブレット画面を覗きながら俺はメニュー画面を次々スライドさせて注文していく。

 姫原が「コレ!」と指さしたのはイカの上に申し訳程度に食べるラー油が乗っかっている寿司。それ以外はサイドメニューの担担麺。その二品しか俺がスライドしていくタブレット画面を止めなかった。
 
 俺は一〇皿程度注文したので、タブレットごと姫原に渡してもう一回見て好きなものを頼めと言った。
 
「諦めろよ。やっぱ寿司屋にお前の求める辛さはねえよ」
 
「すいませーん!」
 
 と姫原は俺たちの座るテーブル席から鋭く手を挙げて、店員を呼ぶ。
 
 いや、お前そのタブレットに店員呼び出しボタンあるだろ。案外アナログなんだな……。
 
「あの、この食べるラー油って単品でもらえますか?」
 
「申し訳ございません。そちらは単品での取り扱いはございません」
 
 詰んだ。
 
「残念だったな」
 
 と笑いを堪えられずおちょくるように姫原に言うと、姫原は「カマビスシイ!」と言った。
 
「どういう意味だ?」
 
「うっせーって意味だよカマビスシイ!」
 
 怒っているようだが、微塵も恐さがない。
 
 それにこんなことで怒るなんて、幸せ成分足りてないというのは姫原にとってはあながち間違いではないようだ。
 
 注文した寿司がレーンから次々流れてくる。
 
 たい、はまち、あじ、うなぎ、まぐろ……。ツナマヨコーン。
 
「え、部長もそんなの食べるんですね! なんか意外」
 
 普通の海産物系の寿司は好きだが、こういった回転ずしでしか食べることのできない邪道とも言える寿司も俺はアリだと考えている。
 
 コンビニのおにぎりだって、一番人気はツナマヨだし、肉が入っていたり次々に攻めた新製品を発売してやりたい放題だ。
 
 回転ずしとは言ってしまえば寿司を主とした創作料理店といっても良い。
 
 合鴨のにぎり、カキフライの軍艦、レンコン天のにぎり。
 
 俺の凝り固まった固定観念はこういった未知との邂逅かいこうによって、新しい食の可能性を拡げてくれる。
 
 回転ずしは他の飲食店と比較して一番突き抜けた特徴がある。
 
 それは食のエンタメ性を追求した形であるということだ。
 
 まず寿司がプラレールのように周るという発想自体エンタメ的だが、メニューに至っても遊び心があって隙がない。
 
 完全に高級寿司店と差別化できているし、我々日本人の食文化を見事にライジングさせた究極の形態。
 
 グルメとは何も味や素材の質だけを語るものではない。
 
 食事中、姫原がついに動画の視聴回数が1万回を超えたと言っていたので、姫原が座る前でスマホを操作し動画サイトを確認する。
 
 コメント数も増えており、中身を見ると姫原の歌を称賛する言葉も多いが、前にもあったように誹謗中傷コメントも見受けられる。
 
 『ギター音が出ていないところが気になる。もう少し弦高を低く調整してみては』
 『よくいる売れない女ミュージシャンww』
 
 俺自身に向けられた言葉ではないにしろ、こんな言葉を真正面から受ける姫原の心中を考えると苦しくなる。
 
「部長コメント見てます? 結構褒められてますよね♪ 私の歌」
 
 ポジティブなコメントが九割以上だとは思うが、一割以下のネガティブなコメントに目が行ってしまうのが人間の性。であるにも関わらず姫原にはこのネガティブなコメントすら悪い風に受容していないということだろうか。あるいは強がって見ないふりをしているのだろうかと考えていると、
 
「いやーな感じのコメントもありますけどね」と姫原は言った。
 
 感性が独特とは言っても姫原もまた人間。このコメントを受けて傷つかないということはないのだろう。
 
「気にするなよ。お前の歌は一流だ」
 
 励ますつもりで言ったのだが、姫原はしっくりきていない様子で自分の真上に浮かぶクエスチョンマークの先の答えを探るように見上げていた。
 
 かと思えば、顔を戻しニヤニヤと笑みを浮かべ、
 
「ああ、そういうことですか部長。なるほど、うんうん」
 
「なんだよ」と俺が言うころにはニヤニヤレベルMAX。
 
「いやぁ、まさか部長がそんなに心配してくれているとは恐れ多いですよ」
 
 恐れ多いやつはそんなニヤけた顔つきではないはずだ。
 
「でも大丈夫! 私耐性あるので」
 
 どういうことかと訊くと、姫原は以前小説家デビューしたときにこの動画とは比較にならないほどの誹謗中傷や、自称評論家からの厳しい意見を目の当たりにしてこういう場合のメンタルコントロールはできているという。
 
 姫原いわく、ネット上だとしてもこんな酷い言葉を平然と吐き捨てられる人間というのはサイコパス気質があるということは前提としても、ある種の尊敬する対象として考えているらしい。
 
「ほら、リアルでも真向から悪口言ってくる人いるでしょ? あれって人を傷つけるということがクローズアップされるけど、言った本人はその人から怪訝な表情を向けられる。逆にあれに耐えられるってすごいなって思う。つまり、鏡のように自分に跳ね返るリスクを背負ってまで主張したい意見を発信できるってのもすごいなって。だから悪い意見を言ってくれる人たちも私は大事にしたいなって思ってる」
 
 まあ直感的にはムカつくけど。と付け加えられたのだが、それにしても姫原の考え方は盲点というか、姫原の二倍近く生きてきた俺ですら思ってもみない意見だった。
 
 悪口を言う人間が絶対悪であって、それを言われる人間は可哀そうであって誰かが護ってやらなければならないという固定観念。
 
 今こうやって回転ずしのように新しい価値観で展開することが素晴らしいと感じていたことが恥ずかしい。やはり俺も頭で理解しているつもりでも姫原のように柔軟な考え方はできていないようだ。
 
 厳しいコメントも自分の中で上手く消化しているあたり姫原はやはりスターの器を持ち合わせているのかもしれない。
 
「そんなことより! 実は動画見てくれた偉い人が私にオファーくれたの!」
 
 概要を聞くと、ライブハウスは100人以上入る箱でチケットはすでにほぼ完売しているから満員必須。四組のミュージシャンで対バンする。
 
 そのうちのひとりが姫原ということで、もう了承したということ。日程は一か月後だ。
 
「良いチャンスだとは思うけど、お前ライブ苦手だろ」
 
 姫原もその部分は不安要素であると感じている。そう認識しているがそれでも絶対に挑戦したいと前向きな様子であった。

 今改めて考えると、ステージ上で打ちのめされてステージから降りてすぐに会場の裏へ行って、『ぬ』の鼻歌を口ずさんでひとり反省会をしていたあの頃からこいつの能力は潜んでいたのだと感じる。

 弱音を吐露することなくひたすらに笑顔を咲かせて前を穿つ。自分の好きなことに対して挑戦し続けることができるメンタル。そしてそれを改善するために何度自分が惨めな思いをしようと立ち上がる。普通の人間なら早々に心が折れて投げ出す。でも姫原は違う、姫原には狂気性がある。これを才能とか天才、こんな簡単な言葉で片づけてはあまりに下等。俺は今まで勘違いしていた。これはそう、狂気だ。

 おどろおどろしい血のような狂気ではない。これは日中一面に広がる鼠色の曇天へ己の手を突き刺して無理やりにでも蒼天を引きずり出してしまう光の狂気性。

 その光を求める姿にこそ姫原のカリスマ的に見えてしまう本質があり、歌にも反映されているのだ。
 
「私実はソレラちゃんにどうやったらステージで堂々とパフォーマンスできるか相談したんだ」
 
「ソレラはなんて言っていたんだ?」
 
 元々ステージ上では一切顔出ししていないソレラに聞くのも若干検討違いかもしれないが、姫原がソレラに相談した理由もひとつ納得できる部分があった。
 
 それは普段おとなしそうなソレラがステージに立つと人格が入れ替わったようにダイナミックなパフォーマンスをする姿。あれを見ればその問いに至るのは当然というか、シンプルに気になる部分である。
 
「ステージに立つと『自分じゃない虚像が宿る』って言ってて、ライブ上の自分はまったくの別人として演じればいいんじゃないかってアドバイスもらった」
 
「それはダメだ! 絶対に!」
 
 ソレラと再会した時の様子から感じていた。虚像と実像の間で自分のアイデンティティを見失ってしまうのではないかという恐れ。
 
「メイルはそれで、精神崩壊していったんだよ……」
 
 メイルが人気歌手になってからというものテレビでメイルを見ると、俺と一緒にバンドで歌っていたときのような楽しそうな表情をすることはなかった。当時それについてメイル本人も自覚していたようだったが、俺は何の支えにもなれなかった。何も言ってやれなかった……。
 
 そんなメイルが落ちていく姿をただ何もできず見ることしかできなかったからこそ、姫原やソレラにはメイルのようにならないでほしいと強く願っている。
 
 とはいっても、商業的に成功するには我を貫いているだけでは成功できないということも理解している。それでも、音楽を楽しむ気持ちってのはきっと大切だ。もう間違えない、だから。

 少しソレラのアドバイスを真に受けている姫原に、
 
「わかれよ、お前をメイルのようにしたくないんだ……」
 
 つい感情的になって言ってしまったが、先日ソレラと再会したこともあってか、俺の背景を察してくれて姫原はすんなり了承した。
 
 だからといって、姫原の緊張しいに対する解決案が提示できるわけでもなく振り出しに戻る。
 
 その日の夜、高瀬川なら良い策を発案できるのではないだろうかと考え至り、俺はひとり高瀬川を訪ねて高瀬川邸リビングで相談していた。
 
「控えめに言って、人目が自分に集中するから姫原さんも緊張するんじゃないだろうか。つまりそれを分散することによって解決可能。だから――」
 
 だから、その次に出てくる言葉はわかっていた。
 
 ――バンドやろうぜ。
 
 高瀬川の想いはいつも一途だ。
 
「姫原さんのバックバンドで俺たちがステージに立つんだよ五十嵐」
 
「ああ、それでいいよ。だけどわかってると思うが俺はギターを弾けない。高瀬川と今在家でサポートしてやってくれ」
 
 正直少しイラついた。俺のギターを弾けないという状況をわかった上で何度も何度も愚直に想いを告げられてもいい加減腹が立つ。俺の気持ちも少しはおもんばかってほしいものだ。

 だから高瀬川なー、お前は今も独身なんだよ!
 
「まだ一か月あるんでしょ? だったら五十嵐もう一度弾けるように頑張ろうよ」
 
「だからなあ! 俺は無理だっていってんだろ!」
 
 俺の勢いに怯む高瀬川は黙り、俺と高瀬川の間に嫌な沈黙が流れる。
 
 夜ってこんなにも静かだったっけ。高瀬川邸は内部にスタジオ部屋を作るほどだ。きっと家屋全体の構造から外壁も厚く防音性能が高いのだろう。
 
 静けさが徐々に俺の心の熱を穏やかにする。
 
 俺はなんでこんなに感情的になっているのだろう。
 
 ああ、そうか……俺、また音楽やりたいのかな――。
 
「高瀬川ごめん、やっぱり今回はお前と今在家のふたりでやってくれ」
 
 わかったよと高瀬川は俺にギターを弾かせることを諦め、早速今在家に電話をする。
 
 今在家はライブの日、嫁の実家に両親が家に来る日だからダメだと断られた。
 
 もはや策なし、八方ふさがり。
 
「ほら、こうなったら控えめに言って五十嵐がギター持つしか……」
 
 むしろバンド構成にするのであればドラムとベースの方がマストだ。俺がギターを持ったところで、姫原から注目を分散するという役割くらいは担えるとしても、姫原はアコースティックギターを弾けるからいなくても問題ないレベルだ。
 
 結局高瀬川に相談したものの、何ひとつ収穫なく俺は帰った。

 
 数日後、姫原は言った。

「ライブの対策は考えたから、楽しみにしててね」
「え! どういうことだ?」
 と訊いても秘密の一点張り。それでもライブは絶対来てほしいというので、高瀬川と共にライブを見に行く約束だけした。
 

 
 ひと月経ち、ライブ当日。
 
「おい高瀬川! あれってもしかして……」
「ああ、つまり控えめに言ってそういうことだよ」
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