長編小説 『蓮 月』 その四
そこに恥じらうことなく作務衣を脱ぎさり、唯は身体を大の字にして横たわり「ほんとうに抱いておくれやす」と静一を招き寄せた。まるでそうすることが自然なように、静一もゆっくりと裸になり、圧をかけないように上に重なった。
唇を吸った・・・甘い香りがする、首筋から鎖骨の窪み、そして双丘に達して舌で愛撫を続ける・・・声を上げずにいるが身体は震えるように悶えていた・・・肌が粟立ち何処に触れても軆󠄁が細やかに反応する・・・深く重なるその瞬間を二人は出来るだけ延ばしていたが、互いに堪えきれずに一つになろうとしたその瞬間、静一は目眩に襲われ頭部に激痛を覚えて意識を失った。
そして、静一は夢の続きを視ることとなった。
凝視する向日葵は、花弁が一つ一つ剥がれ落ちて、やがて花の形は崩れゆき、その中から屹立した七星剣が現れて眩く発光すると、風景は一変し、一条の光とともに真っ白な砂利道が現れて、その砂利道を踏む足音だけが・・・ざくぅざくぅざくぅ・ざくぅざくぅざくぅと踏み込まれて、やはり姿は視えず真っ白なお社に吸い込まれてピシャ!と扉が閉められた。長い黒髪の巫女が一人その足跡を掃き清め始めた。その巫女は唯に他ならなかった。唯の顔は少し憂いを含み、唇を真一文字に結び、幅9尺×長さ27尺の白い砂利道を掃き清めることを丁寧にこなしていた。夢の虚の世界が現実を照らし出す。
巫女となった唯は陶芸作家蓮月の夢の世界の影・・・果たしてその姿とは、決して人にその姿を見せぬ大いなるものとは天の意志か?
白い砂利道は何の象徴?この世界での唯の日課は大いなるものが社に隠れてしまった後の足跡を掃き清めること、只それだけだった。だがその為に唯は日の出前に起きて水垢離で身体を浄め、日の出の太陽の光を
一五分光浴して清め大いなるものがお隠れになるとその御扉の前の白い砂利道を掃き清める。その社殿の敷地内にある泉水を飲めば、お腹が空くこともなく一日を過ごせる。その繰り返しの日々・・・。唯は夢を視るようになった、陶芸作家である自分が、ある縁によって結ばれるという夢。静一の夢の裡に現れる影の唯は、現実の唯の夢を視ることで存在する。では、唯が視る夢はどんな夢。唯の夢は澄み切った海水の中を人魚のように泳ぎ、ある洞窟を泳ぎ切るとそこは宇宙で青い地球が視える。世界のあらゆる聖跡に立ち、繰り返し犠牲にされている私。ああ、私を追ってくるものがいる・・・風のように早く~其れは追い越す~通り過ぎてゆくの何故?・・・二人の夢は錯綜し、尚且つ虚実の間合いは揺れ動き定かではない・・・二人はそれぞれの夢からしだいに覚めた。
唯が先に正気?に戻った。そして、自分に言い聞かせるように呟いた。<うちら肝心な処で、あんさんは気を失うし、わてもあんさんに連ねて変な夢を視てしもうた。今日は、Oh Happy day!やと思ったら厄日やったわ・・・>唯は、静一の寝顔を繁々と視納めると、彼を揺り動かした。そしてバスローブを掛けて、耳元で囁いた「おはようございます」静一はまだ、夢視の裡にいたが・・・唯の言葉で眼が覚めた。
「あっ、どうしました。何か急に目眩に襲われて・・・」「疲れてはったんやね・・・みんな私のせいどす・・・静一はんはワルウナイ」と笑顔で応えた。
身支度を始めかけた静一の手を止めて、シャワーを浴びることを勧めて、二人で浴室に入る・・・「なんや、急に恥ずかしなりましたわ」「ふっふふ~それは僕も同じです」後ろから唯を抱きしめる静一。
唯は、それをたしなめて、素早くバスタオルを纏って一足先に浴室を出る。静一は一人残されてゆっくりシャワーを浴び続けるうちに不思議な気持ちに晒された。この不思議な女性=唯 考えて視ると実は何も知らない、見事なくらい何も知らない・・・でも、心底彼女の存在そのものと繋がっている・・・これだけは、ほんとうに揺るぎない真実だと感じている。
身支度を調えて、居間に座るやいなや、「今度は、いつ会えますのやろう?」不意を突かれたが、顔に出さずに手帖を取り出して、スケジュール表を確認した。やはり、次の週末までは来られそうになかった。
「今日は土曜日、来週前半まではびっしりと予定が入っていて、早くて木曜日ですかね」
沈黙・・・微笑み・・・「私を四日間も放っておくのですか?」まさかの対応!に虚を突かれた静一は言葉に窮した。
「いや~う~ん参ったな・・・なんとか調整をすれば、明日の夜2時間くらいなら来られると思いますけど、流れによっては・・・」
首を振る唯「毎日、此処から通っておくれやす。部屋はちゃんと用意します。不自由はさせません。マンションの一人暮らしならかまいまへんうやろぅ」改めてまじまじと唯の顔を視る、語尾の強さほど怒っている訳ではないと感じたが、この違和感はなんだろう・・・唯はそんな無理を言う人じゃないはず。しかし、ここは遠回しに出来ぬ理由を明確に話そうと決め・・・「お心遣いは嬉しいですが、実はほぼ毎日、母を預けている施設に昼前に寄って、大好きなうどんを食べに外出しているんです。それが母にとっての悦び、そして親不孝な私のせめてもの孝行なんです」唯は頷きながらも、静一のこゝろのさざなみを図ったように話続ける。「そうどすか、それはまた親孝行な息子はんやこと・・・仕事は大阪市内が主で自宅は北摂・・・う~ん諦めなしょうがおまへんな」 「何を」諦めるんですか?」「そりゃあ、あんさんのことをや!」「そんな・・・・・・」
「私は我が儘でしゃろう・・・ようわかっています。そやけど、昨日一日のことをよう思い出してくださいな・・・あんさんなら私のことを救ってくれはる、私を今の境遇から連れて行ってくれはる、そう確信したから何もかも静一はんに献げたんや・・・結ばれんかったけれど・・・身体のことを言うてんねんと違います」胸を拳で叩いて「私のこゝろや私の想いや・・・唯そのものや・・・それをあんさんは、日常のことを持ち出して・・・ようわかりました、もうええわ、帰って下さい」と踵を返して庭を視つめる唯。唯を振り向かせ抱き寄せ「ごめん、ごめんなさい・・・僕が悪かった・・・唯の気持ちをもっと考えるべきだった、一日だけ猶予を下さい・・・此処で生活します・・・だから一日だけ」唯は大きく頷き悦びの顔を静一にみせる「おおきに、おおきにやっぱり私の目に狂いはなかった・・・おおきに」唯は唇を合わせ静一を強く強く抱きしめ涙を流した。身体を離して、照れ隠しのように「ほなら、朝食さっさと作りますよって、寛いでおくれやす」台所に向かった唯の姿を追いながら、改めて今のこの状況を考え視つめなおした。
静一はめまぐるしいこの状況に、こゝろがパニックになって凄いことになっていると感じIt’s a Great!と叫びたくなるような気持ちだが・・・ しかし悦びの波動に包まれても何か一点空虚の穴があって風が吹いている 一緒に生活?ほんとうに出来るのかな?来月にはクライアントの百合さんとニューヨークのギャラリー廻りに行かなければならない。1週間日本を離れる・・・ついて行くと言いかねないなぁ それに一番の事は母親の昼の会食ー僕は一人っ子だから、親戚付き合いもなく、このことは誰にも頼めない此処から通うとなると丸半日潰れてしまう フットワークの軽いプランナーで何とか仕事を繋いでいるのに、そんな状況ではクライアントが半減する
あれこれ思いを巡らしていると唯が折敷に朝食を載せて机に置いた。
その五に続く