![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/152602296/rectangle_large_type_2_1184dea49fd16a62e8430e7f2c3c54f7.png?width=1200)
長編小説 『蓮 月』 その十六
静一は唯にニューヨーク北野ホテルから二、三度電話を掛けたが、電波の届かない処にいますというメッセージが聞こえて来るだけだった。作品作りに熱中して手が離せないのだろうと考えて、簡単なメッセージだけ添えて送ったが、こゝろは晴れなかった。
今日帰ることはメールしてあるが、それに対しても返信がなかった。
静一は段々と不安が増して、百合とは空港で別れた。百合は南海電車、静一はJRだった。電車の中でも電話を掛けたが、応答はなかった。
大阪駅で阪急電車に乗り換える時に、ひょっとしてと母親の初音に電話をした。「お久しぶりでんなぁ、おかわりございませんか?」と優しい声で応対された。「ありがとうございます。初音さんもお元気でしたか? あのぉ・・・唯さんはどうされているか御存じですか?」
「あぁ、唯はあんさんがニューヨークに行った翌日に、<一寸、創作アイデア探しに、気分転換に旅にでます。三日程で帰ります>と言うて、それっきりなんどすわ・・・私も少し心配になって来てるんやけどなぁ・・・もう大人やし」「そうですか?わかりました、もし連絡が入ったらよろしくお願いいたします」 「はい、はい、わかりました・・・こんな時になんどすやけど、唯の家に行く前に祇園に寄り道してからという訳にはいけませんやろうか? 話しておきたい事がおましてなぁ」
静一は、よりによって気が気でないこの時に・・・と思ったが、急がば回れ・・・唯の行く先のヒントを貰えるかも知れないと考えて「わかりましたお伺いします。ええ・・・そちらに着くのは二時頃になると思います。屋号と念の為電話番号をショートメールでお願いします」
「おおきに、おおきに、直ぐにメール入れます・・・では二時に祇園でお待ちします」
静一の頭の中はぐるぐるとああでもない、こうでもないと回り続けるが・・・答えのない謎々を解くようなものだと腑に落ちて・・・又唯を信じているなら、こんなことであわてふためいてはいけないと自戒し、少しずつ冷静になってきた。
その日の京都は暑さのぶり返しで、三十五度超える暑さだった。初音の指定した甘味処は、すぐにわかった。初音は既に店の奥で瞑目して静一を待ち受けていた。
「初音さん、遅くなりました」眼を大きく見開いて「おぉ、おおきに。静一はん無理を言いましたなぁ・・・白玉ぜんざいでよろしおますか」「はい、僕も白玉ぜんざいは大好きなので・・・」初音は、奥にいつものやつ二つお願い申しますと野太い声で伝えた。
「さて、何処から話したらよろしいでっしゃろうかなぁ・・・」「私は時間が十分にあります、ゆっくり、わかりやすくお話し下されば結構です」「お気遣い、おおきに・・・」
「鹿海家は、代々巫女さんの家系でおましてなぁ、私の母も、私も、唯もみんな巫女として育てられて来ました」静一は、そうか自分が霊的に敏感なように、唯も僕以上に敏感だったのだと納得した。「鹿海家は、奈良の三輪素麺を家業として作っておりましたが、同時に娘達を三輪山を御神体とする大神神社の巫女として、明治以降三代に渡ってお仕え致しました。しかし、唯は、三輪山への奉納神事の祈りを、神楽舞として舞っている時に、気を失って倒れてしまいましてなぁ・・・十六歳の時のことでした・・・今までなかったことで、みんなが心配しましてなぁ・・・宮司さんが、唯の表情・軆󠄁の動きを視て、もうこの子は巫女としては使えぬと断言されて、致し方なく、私ら家族会議を開いて、素麺作りを親戚に委譲して、奈良を引き放って京都に移り住みました。
唯は暫く記憶喪失みたいな状態で三週間ほど入院しました。訳も原因もわからぬままに・・・それでも退院すると、<この町は好きや・・・なんか落ち着く>言うて・・・。少し間を置き、静一を視つめ「前後しますが、私は二十歳になったら、巫女さんを辞めて、ある踊りのお師匠さんに弟子入りして、十年近く腕を磨いておりましたから何処でも通用しましてなぁ、又ええ旦那さんと結ばれて三十一歳の時結婚・・・唯は一人娘やったさかい、それは大事に大事に育ってあげたんどすけどなぁ・・・何も問題なんかありまへんのや・・・」
話を聞きながら、気を失った時に何か啓示をうけたのではないか?と静一は考えたが・・・ある考えが浮かんで来た。「ひょっとして、その日は夏越の祓・茅の輪くぐりの日ではなかったですか?」「はい、おっしゃるとおりです。」「とすると、確か三輪山には中腹に御滝場がありましたね。その日唯さんは禊ぎの滝行を為さったのでは・・・」
「ほぅ、あんさんは、よう御存じでおますなぁ。はいその日、唯は早朝に滝行の禊ぎを受けました」
○○の祝詞・滝行・禊ぎ・神楽舞・・・この一連の流れのなかで唯はトランスポートしたに違いない・・・だが、それは<時の時限爆弾>のようにある期間は封印されており、何かの言葉・何かの体験(夢)によって開示する。静一の最初の夢は、実は唯の閉ざされたモノを啓く為に、唯ではなく静一を通じてという流れ?・・・・・・だとすれば、この失踪は大きな意味がある。早く探し出さねば唯は遠い遠い処へ行ってしまう。
「初音さん、大体のおっしゃりたいことはわかるような気がしますが・・・今一番私に伝えたいことは何ですか?」「ほぼ、全体像を掴まれているのに驚きましたわ・・・唯が見込んだのもわかるような気がします・・・が、・・・実を言いますとなぁ、私も夢視体質で、時折なんや啓示らしきものが降りてきますのや・・・唯が滝行して一心不乱に祈ってる姿が視えましたんや」「場所はわかりますか? 」「多分、昔、家族三人で金沢の白山神社にお参りしたことがありましたんや・・・なんとのう金沢の白山神社やと感じましたが・・・」「白山神社ですね。わかりました、今からすぐに追いかけます。 初音さんは唯が一人で滝行をするのが危ないと感じておられるのですね」「はい、なんや、胸騒ぎがしますのや・・・とにもかくにも唯を・・・」と言って深くお辞儀をされた。「では、もう家には寄らずこの足で、金沢へ行きます。唯と会えたら、すぐに連絡を入れますので・・・」「ご無理なことを申します・・・よろしゅう頼みます」
伝票は見渡してもテーブルにはなく、「では、ご馳走さまでした。行って来ます」「よろしゅうに・・・」驚いたことに初音は静一の手を両手で抱えるように握り絞め微笑んだ。
頭を垂れ、その店を出ると、タクシーを掴まえて京都駅に急いだ。
その十七に続く