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Nosutarujikku novel Ⅰ シスター葉子 次の章


キングクリムゾンの <Lizard>の曲が脳内に谺しFarewell the temple master's bells His kiosk and his black worm seed Courtship solely of his word With Eden guaranteed. ・・・・・・」その調べに導かれるように

鐘が鳴り響き、木々がざわめき、風が波のように吹き渡り、僕は大きな楓の幹が枝別れした処に腰掛けて、自分自身が俯瞰されているような天からの視線を軆󠄁に感じながら修道院の礼拝堂を覗き視ている。

葉子さんがシスターとしてそこにいた。
陽光がステンドグラスを通して満ち溢れ、その光に照らされた聖母マリアの前で蹲り熱心に祈っている。不思議なことに、僕は彼女の声が聞こえる。
「私を罰して下さい。そしてお救い下さい。汚れてしまった私の魂をどうぞ救って下さい。汚れてしまった私の魂はどうすれば浄められるのですか?汚れてしまった私の魂でも、私は生き続けなければならないのですか?汚れてしまった私の魂にどうか道を教え下さい。私が背負わなければならないほんとうの罪をお教え下さい。汚れてしまった私の魂に
・・・・・・」

声は震え、熱をもち、そのバイブレーションは僕の心を苦しめた。
葉子さんのほんとうの苦しみが分かったような気がした。
「違う!」僕は大声で叫んだ。
「汚れてしまった魂はあなたではなく僕だ。罰するなら葉子さんではなく僕を罰して下さい。罪は僕が背負います。だから葉子さんの魂を救ってあげてください。
罪は僕に汚れてしまった僕の魂に・・・・・・
どうか葉子さんではなく僕を罰して・・・・・・
汚れてしまった僕の魂に・・・・・・
罪は僕にどうか汚れてしまった僕の魂に・・・・・・どうか罰をお与え下さい。僕はそれを受け入れて、受苦のなかで魂を磨きます」
その声が聞き届いたのか、聖母マリアはあざやかに微笑まれた。

微睡みから目覚めると、葉子さんの顔がそこあり、聖母マリアと同じ微笑みで僕を視ていた。
葉子さんは初めて僕に口づけをしてくれた。

僕は起き上がり、互いに抱きしめあった。
あまりにも、純粋な気持ちで抱きしめあったので、僕たちは愛を確かめる必要がなかった。

ほどなく喫茶は閉店し、僕は滑り込みで美術系の映像学科に入学し東京へ、葉子さんは須磨の実家に帰り療養していた。
逢いたかった。だが、葉子さんは自由に家を出ることが出来ないでいて、僕たちは夏休みまで会えなかった。


 須磨の海岸での花火大会がある夏の日。
離宮公園で僕たちは半年ぶりに会った。
見違えるほど元気になった葉子さんは快活に話をした。
「秋になったら、またお店やろうと想っているの」
「それは良かったですね。今度はどんなお店ですか?」
「ふふふ、今度はねフラワーアレンジメント、勿論生花もね。」
「いいな、やること一杯あって、でも花は良い」
「さあ、どうかな・・・どうなるかわからない・・・」
「東京は面白い?」
「映画・演劇・美術、実に多様な人達がいて、刺激的な出逢いがあり、
 対話が面白く飽きません」
「ふ~ん楽しそう」
「ああ、東京はねヒッピー全盛でね、何故か彼らに好かれてマリファナ
 を体験しました。」
「それ、効いた?トリップした?」
「いいえ、ほとんど効きませんでしたが、最後の方で少しだけ効いてき
 ました」
「どんな感じ?」
「音楽が最高で、ベースの音が心臓の音と共鳴するのがわかったり、
 すべてのものがすごくゆっくりと時が経つのです。すべていのちある
 モノは植物・動物・鉱物はいのちを燃えたぎらそうとしている・・・
 そんな感覚の中に包まれて、こゝろの対話が出来るというか・・・
 まだ、1~2回なんでそんな処ですけど」
「へぇ・・・そうなんだ、私も体験してみたいなぁ・・・」
「次会った時、二人でやりましょう」
「ええ、きっとね・・・夕日を視ながら・・・」

気がつくと、辺りは夜の闇が深まり、花火を待つ人々の喧噪がこの公園の高台までおよびつつあった。
しばらくの沈黙の後、ぽつりと一言。
「私ね、結婚するんだ」
最初の花火が打ち上げられて、歓声が沸いた。
突然だったが、何故か僕はあまり驚かなかった。
「そうですか?おめでとうございます。Resetして新しくスタート・・・
 いやほんとうによかった。で、いつ頃ですか?お相手は?」
「君の知らない人、多分来年の春頃」
「ほんとうによかった。これで心配の種が一つ減りました」
すかさず、左ジャブが飛んできた。
避けようとして、僕はベンチの端から転げ落ちそうになり、彼女が手を差し伸べて止まることが出来た。葉子さんの手は温かく、僕はその手の甲に口づけをした。葉子さんは僕を引き寄せ、口づけを交わした。いつも想う素っぴんだがなんて肌がきれいなんだろう。
連続の花火音が谺し、夜空に大きな花が一輪一輪と咲くのを横目で視ながら・・・僕たちは長い口づけをした。それから、僕はあの日夢を視た一部始終をゆっくりと話した。
「ふ~ん、シスター葉子ね。高校生の頃演劇部で、あの詩を読むお姉さ
 んが先輩でハムレットを、私はオフィーリアの役をしたことがあるの
 。
 オフィーリア尼寺へ行けと言うハムレットは男としては、君と同じく
 らい女こゝろのわからん男やよね」
「さあ、女心ってわからんからいいのじゃないですか。第一葉子さんの
 心を知るっていうのは並大抵じゃない。天の邪鬼で、素直じゃなく
 て、性格が悪くて、我が儘・気儘、それでいて男こゝろを自在に操る
 テクニシャンときている。」
「そんなようけ褒められたのははじめてやわ」
「猫を被ってお嫁入りだ」
今度はほんとうに、左ジャブが僕の顎に炸裂した。
「痛い!葉子さん手加減して下さいよ」
「猫じゃないよ、羊よ。ひつじ年生まれなの」」
「なるほど、羊の皮を被ったオオカミだったんだ」
言い終わるや否や、素早くヘッドロックを決められた。僕はベンチを3度叩いたが、緩めてもらえなかった。「死ぬ、死ぬよ!」
ようやく力を抜いてヘッドロックを外してくれた。
怒っているのかと想って、表情を伺うと笑っていた。それも跳びきりの良い表情をして・・・
「君とはうまくやっていけそうな気がするんだけれど、私年上の人の方
 が素直になれるんだ。ファザーコンプレックスてやつかもしれない
 ね。お願い、良い友達でいて」
「友達ですか?そういう予定調和的な言葉って僕達には合わなような気
 がするけれど、惚れた弱みだ・・・まあいいか?」
僕達は、花火を視ながら先のことをそれぞれに思いやった。そしてそれは、それぞれの未来のドラマが待ち受ける迄の束の間の夢だった。

Ⅺ エピローグ
 一度だけ葉子さんから葉書を貰った。
新しい店を閉じたこと。離婚したこと。主婦業はやはり出来なっかったけれど、やっと慣れ始めたのに残念と書いたあった。
僕が東京から帰郷して、連絡したけれど、電話もかからなかったし、葉書の住所に葉子さんは居らず(居住先不明で帰ってくる)。
つまり実家も引っ越しをされたみたいで、あの日が最後になったしまった。花火を視ると葉子さんに決められた心地よい左ジャブを思い出す。シスター葉子は、やはり尼寺へ行くべきだったんだ。

ハムレット: 

「尼寺へ行け。なぜ、男につれそぅて罪ふかい人間共を生みたがるのだ。このハムレットという男は、これで自分でけっこう誠実な人間のつもりでいるが、それでも母が生んでくれねばよかったと思うほど、いろんな欠点を数えたてることができる。うぬぼれが強い、執念深い、野心満々だ。そのほかどんな罪をも犯しかねぬ。自分でもはっきり意識しない罪、想像のうちにもまだ明瞭な形をとっていない罪、いや祈りにさえあればすぐにでも犯しかねない罪、そういうもので一杯だ。此のような男が天地のあいだを這いずりまわって、いったい何をしょうというのか?そこら中のやつらは、一人残らず大悪黨。誰も信じてはならぬーーー何も考えずに尼寺へいくのだ・・・・・」

                                  「ハムレット」 第3幕第1場   福田恆存訳 新潮社

あの夢の中のあなたの言葉が胸に刺さるよ。
「汚れてしまった私の魂に・・・・・」
でも、想うんだ、魂はプラスの世界もマイナスの世界も体験して成長するんだ。だから、きっと魂は汚れないよ。ほんとうの魂の美しさはこの世で体験したそのことではなく、それによって学んだこゝろの在り方がすべてなんだ。だから葉子・・・あなたの魂は美しい。

たまらなく、あなたに逢いたい葉子!

シスター葉子・・・あなたは僕の裡に今でも生きているよ 
                                                                 了

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