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ヨガインストラクターの説法は「心豊かになる叡智」なのか
色々なヨガスタジオに通うと、ヨガレッスンを始める前に何か説法のような話を展開するヨガインストラクターによく出くわします。しかし、私の経験上、
有名人・偉人の言葉を引用して(自身の経験・実体験は棚上げして)、そこに格言らしきものを貼り付ける
というスタイルが定着している印象です。私の周りのヨガ会員さんたちも
「あんな中身のない話は要らない」
と口をそろえておっしゃっております。ヨガ説法では「○○しましょう。」といった命令口調になりがちなので、
「上から目線で押しつけがましい」
と不満を漏らす会員さんすら存在します。そんなある日、運よく、あるヨガスタジオの指導者養成講座に参加されていた方のお話を伺くことが出来ました。その方によると、
ヨガインストラクターの学習指導要領に、そういった説法の訓練もしっかりと組み込まれてしまっている
のだそうです。
「ヨガはただポーズをとるだけのものではない。いつもヨガを心がけることで心が豊かになる叡智」そのことを会員の皆さんに伝える。それがヨガインストラクターとして最も大切な使命。だから説法が大事になってくる
のだそうです。ただ、現実問題として、偉人の格言ネタすらなくなったときは、自律神経・食べ物などのよくある健康の話、天気・気候のよくある話に成り下がってしまっています。これらも叡智なのでしょうか?
もっとひどいものになると、ヨガ経典の(素人には)よく分からない固有名詞を羅列し、そのよく分からない固有名詞の説明に再びヨガ経典のよく分からない固有名詞を使って説明する、、、という眩暈のする説法にすら出くわしたこともあります。何か深いことを言っている雰囲気を漂わせようとしているのはよく分かりますが
経典に書かれていることを強く信仰しているが、自身の実体験(瞑想体験)がともなっていないので、何が言いたいのかが分からない
という悪循環に陥ってしまっているのが透けて見えてしまっています。これも叡智なのでしょうか?