電波戦隊スイハンジャー#214 大相舞、地球初場所
第10章 高天原、We are legal alien!
大相舞、地球初場所
金星、須弥山。
一年中亜熱帯気候の広大な庭園を抱えた白亜の城の城主にして、
ここ天の川銀河の調律神である帝釈天インドラと高天原族元老にして特使オモイカネこと思惟との地球時間にして48時間もの長きにわたる会談と交渉の末、
全高天原族5385名地球降下と秋津洲(日本列島)移住の許可が下り、高天原族と仏族との友好条約が交わされた。
帝釈天と思惟は調印している間も撮影ポッドに向かって肩を組み合っている間も軌道内に待機している船団の高天原族を安心させるために終始にこやかであったが互いの心の中は、
帝釈天
(なんで今度の大使はユミヒコ王女ではないのか!?
私は最初の会談の初見で王女に恋をし、今度交渉に来た時は求婚しようと思っていたのに…
このとんでもない戦闘力の知的生命体を敵に回したらこの須弥山、確実に塵にされる!
こいつらは押しかけ女房の我が妃、スージャを取り戻しに城を包囲した阿修羅族よりも恐ろしい…
とっとと降下してもらって今後数千年関わりたくないものだな)
思惟
(あんたの我が主への懸想、この思惟が感知しないとでも思ってるの?
初見の時は女性体だった王子の肩や手にべたべた触れた不埒者が。
移住が滞りなく済むまでご自分が男でもあることを隠して我慢なさってる主の為に私が来たのよ。
あぁほーんと、スージャ妃の前では恐妻家の癖に臆面もなく主を口説いたこの淫乱。印書受け取ったらさっさと降下降下、あんたは用済みよ!)
と不満と嫌悪と罵詈雑言溢れる思念は船内スクリーンを通して精神感応力、つまりテレパシー能力を持つ神官たちにだだ洩れであり、
「外交使節の本音っていつもこう。なんておぞましい…」と神官全てに吐き気をもよおさせた。
交渉前から思念バリアを張っていた帝釈天と思惟のみが相手の本音を知らず笑みを振りまく両者がスクリーンに大映しになる。
移住決定、地球降下の許可の報せを受けた女王天照は、
「先ずは葦原中津国への使節として左騎将軍タケミカヅチを遣わす。いいか?くれぐれも『友好的に』オトヒコの民に挨拶するのだぞ、解ったか?」
と念を押す女王に向かって老練の将軍は
「言われずとも心得ておりますよ」と余裕たっぷりの笑顔を見せて偵察機に乗り込み、先遣として地球に降下した。
さて、葦原中津国の王府、出雲の王院山では狼煙が上がり、その内容は
天より使者来たり。男一名。各邑の長は稲佐の浜に集って使者を迎えられたし。
というものだった。
それは通信パネル越しに姉の天照と再開を果たし、姉から「ツクヨミ」の諡号を賜ったユミヒコは直ちに月基地から出雲の地に降り立ち、
「2日後に姉上の使者が来るから王族はじめ出来るだけ多くの長を集めて稲佐の浜で迎えるのよっ!」
とオオクニヌシ大王に緊急事態を知らせて上げさせた狼煙だった。
約束の2日後の午後。
稲佐の浜では両脇に長男タケミナカタ、次男コトシロを従えた大王オオクニヌシが浜を見下ろす崖の上の岩に悠然と腰かけ、さらに崖下の浜を取り囲むのは帯刀した配下の邑の長とその息子たち。合わせて250以上の豊葦原族が使者の到着を、待った。
「む、来たな!」
コトシロの肩の上で小人スミノエが指さした雲の中から黒い一点が現れ、こちらに近づくにつれてそれが大きな烏の形をした飛行物体だと皆が視認できる位置で偵察機は停止し、
「豊葦原族の諸君、わざわざの出迎え痛み入る。これより特使タケミカヅチ、高天原式挨拶で諸君の前に降下いたす!」
途端、黒い烏から砂浜に向けて一筋の閃光が降り立ち、一瞬後、ぴしゃーーーん!という轟音が浜で待機していた者たちの鼓膜をしたたかに叩いた。
耳を抑えていた民がおずおずと顔を上げるとそこには砂煙がもうもうと舞う中雷光を纏って輝く六尺を超える十束剣が波打ち際に逆さに突き刺さり、鋭い剣先を片脚の親指と人差し指で器用に挟みながら、銀髪銀眼の初老の男が剣の上で傲然と胡坐をかいていた。
「うわ~っはははっ、我は高天原族宇宙艦隊司令長官にして左騎将軍のタケミカヅチ!!高天原族の礼儀にのっとりここ葦原中津国の地表に降下仕った!」
高天原銀河での未開の地における友好の挨拶、それはわざと刃物の先を自分に向けることで決してあなたには武力を使いませんよ、という必死以外に例えようがない友好の証。
どうだ、腕を組んで胡坐まで書くという手も足も出しませんよ。という俺の紳士的態度が伝わったか?豊葦原族の諸君よ!
その様子を崖上から見ていたオオクニヌシは長男タケミナカタに向かってひとつ頷いてから無言で右手を高々と上げて振り下ろした。
「攻撃の構えーっ!」
タケミナカタの大音声が稲佐の浜全体に響き渡り、帯刀しているものは剣と盾を構え、弓兵は弓矢をつがえ、槍兵は穂先を使者に向けて構える文字通りの臨戦態勢。
なぜだ?なぜ究極の友好の態度を示しているのにここの民は俺に刃を向けるのだ!?
「約束が違うではないかオオクニヌシよ!我が高天原族第二王子オトヒコどのが過去の過ちを反省し、ご自分が治める領土を女王天照陛下に譲ると聞いて非戦闘態勢で降りて来たのにこれは裏切りではないかっ」
「まず、雷光を落として領土を侵し、大剣の上にあぐらをかく挨拶など聞いたこともありませんし理解できません…タケミカヅチどの。
それに何ですって?確かにスサノオ大王のご一族の移住は許可しましたが、我が国を丸ごと天照女王に譲るなんて話知りません。領土を奪いに来たのなら、戦うしかない。それが豊葦原族の覚悟です」
息子二人と共に稲佐の浜に降りてタケミカヅチに正対したオオクニヌシは極めて穏やかな声と柔らかな笑顔で常識が全く違う使者に答えた。
ざざん、と波が砂浜を打って白い水しぶきが上がった。
まずはタケミカヅチが十束剣から降りて剣を浜から引き抜くと柄のボタンを押して手の中に納まるほどの長さに縮め、懐に収めてから「これで互いに無腰だ。二億光年離れた銀河ではこんなにも常識が違うのだな…怖がらせて済まなかった」
と素直にタケミカヅチは非礼を謝した。
「解ってくださったようで」オオクニヌシは今度は背後の武装した部下たちに向けて左手を上げて振り下ろし、武装解除の合図をすると男たちは直ちに武器を収めた。
豊葦原族大王と高天原族特使は波打ち際で鼻先触れんばかりに顔突きつけあい、
高天原族側代表タケミカヅチ
「女王天照陛下の弟オトヒコ王子が流刑先の地球で治める葦原中津国の王権と領土をお譲りしたい、という報せが思惟どのから届いたので交渉のため私が派遣されたのだが」
豊葦原族大王オオクニヌシ
「建国者スサノオ大王(オトヒコ)を生みし一族なのだから豊葦原族の先祖でもある高天原族5385人の移住を受け容れます。しかし共存共栄という形でのことで領土のことは思惟どのから聞いてませんよ。王権はついさっき次男のコトシロに譲ったのでこれからの交渉は倅に任せます」
二人はこの対話により両族間の大きな齟齬と、その原因が「誰」によってもたらされたか気づいた。
「まさか、思惟どのがわざと…?」
思惟どの!!と大王と特使が先ほどまで思惟がいた崖上に向かって叫んでもそこはツクヨミ王女がいるだけ。
「あいつならとっくに何処かに逃げちゃったわよ~まあったく、思惟は物事を『正しく』ではなく『より面白く』導くためには何でもするんだから…全権タケミカヅチに任されてるならちゃっちゃとコトシロと交渉まとめたら?大丈夫、姉上は領土には固執しない御方よ」
そうだ、我々高天原族は取り敢えず移住せすればよいのだ。
「では、コトシロどの」とここに指紋認証さえすれば交渉成立する宝玉、御鏡を白い髪に紅い眼をした二十歳そこそこの王子に差し出すと自らの異相で普段親兄弟と小人としか接して来ていない対人恐怖症気味のコトシロは顔面全体に脂汗を浮かべてあ…あう、あうと息が荒くなると「一族全権だなんて大役私には無理ですっ!やはり兄タケミナカタに王権を譲って私は引きますっ!」
とかぶりを振って全速力で山の方に走り去ってしまった。
え、えーと…
交渉の相手に二度も逃げられた特使タケミカヅチは今度こそはまともに取り合ってくれよ。とばかりに豊かな黒髪を垂髪にした25才の逞しい青年、タケミナカタを縋るように見た。
「いいぜ、移住を許すし王権だって女王にくれてやるし山を開墾してくれたらそこを領土にしてもよい」
「では」
「但し、俺様との素舞に勝ってからの話だ!!」
とタケミカヅチは得意げに自分を親指で差してから、激しく上腕を交差させて分厚い胸襟にぶつけ、かっぽんかっぽん!と音を立ててみせる。
ああ懐かしや、昔オトヒコ王子に仕込んだ高天原族国技、素舞の慣習が王子の子孫にも伝わっていたか!
「よかろう、我も相手に不足なし!実は交渉事より素舞での決着が我の性格に合っている」
両手の指と首の関節をばきぼきいわせてこの国で初めての相撲のルーツ、「素舞」の国一つ掛けた大一番の誘いに乗ったタケミカヅチは乾いた砂浜に上がって沓を脱いで裸足になって腰を落とし、まずは右足を重点に左足をつま先まで高々と上げて、ずしぃぃぃぃん!!
と地響きがするほどの四股を踏んだ。よし、いい重力環境だぜー!
対戦相手の若い王子はこの四股で怯むかと思いきや、何処かの山の一部を削り取ってきたかのような大岩を片手の先で軽々と持ち上げるではないか。
相手に不足なし!二人の闘気が毛穴から立ち上りぶつかり合いそれはつむじ風となって二人の周りに15尺(4.55メートル)の正円を稲佐の浜に描いた。
「きゃーっ、見合って見合ってー!わたくしスサ星古代の素舞の行司をやってみたかったのです~」
と藍色の直垂姿でご丁寧に烏帽子までつけて現れたのは思惟であった。
正式な交渉と入植手続きの筈がこの遊び心が詰まったからくり人形のせいで素舞で決着をつける破目になってしまったが…
俺は高天原族の為に勝利する!
齢5900才(地球人年齢59才)のタケミカヅチ対25才のタケミナカタが砂の土俵で構えを取り、鋭い眼光で見つめ合った。
後記
どっかの首脳会談の当事者たちのえげつない心の声と、
脳筋同士の外交交渉のはじまり。
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