惟光くん物語#6、光源氏計画
「たったひとりの保護者であるおばあ様を亡くされて姫君はさぞ心細く過ごしておいででしょう。お悔やみに行ってくるよ」
とこの時は僕を置いて光る君は姫君のお屋敷へと向かったのです。
翌朝、なんか落ち込んだ感じでお帰りになった光る君は、
「ゆうべは激しい霙《みぞれ》が降っていただろう?
僕女性ばかりの家で宿直の代わりをしてあげたってのにさ、とにかく少納言の乳母が
『あなたは信用できません!』と付きっきりで僕を見張ってガードが固くてさ、夜が明けると『四十九日明けまで来るな』と追い出されてしまったよ。
霧も深いし近所の愛人宅があったから寄ってみたんだけど中に入れてもらえなくてさ、このまま帰って来たんだよね…」
という話を聞いてまあ…
実の父親がいるんだしいきなり嫁に貰うって訳にはいかねーだろ。少納言の乳母の対応は塩ではなくまともだろ。
ってーか何?その幼女へのご執心。まともじゃねーのはあんただよ。
と言ってやりたくもそこは身分差、言えません。
「ところでだ惟光」
「はい」
「あの家は荒れてて女ばかりなんで明日の夜から宿直(護衛代わりの宿直)に通ってくんない?」
「まあそれはお安い御用で」
相手は幼い姫なんで僕のスキル「まずは女房に枕営業」を発揮せずとも済みそうだな。楽な仕事だ。
と姫のお屋敷に入ったところ、少納言の乳母。と呼ばれる姫君の養育係が僕をきっと睨んで、
「んもう惟光さん、あなたのご主人は一体どんな教育をされているの!?
源氏の君ったら姫君を抱き上げていきなり寝室の中に入って一晩お過ごしになられたのよっ!
強引すぎるし早速あなたが代わりに宿直に来るだなんて…
なんだか光源氏の嫁にされて従者のあんたが通ってくるってまるで既成事実が出来たみたいじゃないですか!」
僕は心底おったまげました。光る君の行動は常に最悪の予想の斜め上をゆく。
「ま、まさか…」
「大丈夫、私達が寝ずに見張ってましたから姫君はまだお手つきではありません」
そこまで聞いて僕はほっとしました。
「実は源氏の君が帰った後兵部卿の宮がいらしてね。
ご正妻様のいじめに遭わないか、異母兄弟の中で姫君が軽く扱われてしまわないか私達乳母の心配を告げると宮さまったら
『だーいじょうぶでしょ~、一緒に暮らしている内に妻も姫に情が湧くでしょうし、兄弟たちも姫の遊び相手になるって』
…って、なんておめでたい父親なのよ!
あたしたち宮のお屋敷に行くのが不安でならないわ」
と乳母の愚痴を聞いてやりながら数日宿直に通ったある日、家中ばたばたして少納言の乳母は「大変大変、姫君の衣服が足りないから急いで縫わなきゃ」とご自分で針仕事をしていたので、
「まさか」と尋ねたら
「そのまさかなのよ、明日姫君には宮さまのお迎えが来るの」
と慣れた運針をしながら答えたのでちょっと用事を済ませてからまた来ます。と急いで三条にある左大臣邸に向かい、正妻葵の上にもほっとかれている光る君に報告すると、
すぐさま今夜の内に拐《さら》ってしまおう。とご決断なされたようで
「よし、惟光馬だ。随員は二人しか付けないからな」
「はい!」
光る君は馬(フェラーリ)に乗り、颯爽と六条京極辺にある姫のお屋敷に付くと、
「こんな真夜中に一体何ですか!」
と怒り出す乳母や女房の制止も聞かずに眠っておられた姫君を抱き上げると「今から姫君を二条院にお連れするからお前たちは後から付いてこい」と女たちに言い残し、
姫君を抱っこしながら馬で二条院に直行なさったのです。
ちょうど客間が空いていたんでそこを姫君の部屋にしてしまおうと思った光る君は、
「惟光」
「は」
「女の子が喜ぶコーディネートの家具揃えて」
と夜が明けて僕に買い物を言い付け、姫君づきの女たちも移って来ました。
寝ているところを突然若い男に押し掛けられて誘拐された姫君は最初、大層怯えておいででしたがここは自分に慣れさせよう。と思った光る君がずっと側にいて、
「さあ手習い(習字)を教えてあげますからね」
「ほらほら、キレイな絵があるよ~」
と実の父親にもされたことの無い丁寧な扱いを受けるので次第に打ち解けていきました。
こうして
姫君は二条院に来てやっと「紫の君」と呼ばれるようになりました。
んふふふふっ、僕のsageキャラ頭の中将よ。理想の女というのは探し求めるものではなく、幼い内から僕の好みを仕込んで育てていくものなのだっ!
はーっはっはっはっは!
という「光源氏計画」が始動したのです。
まったく…姫君の身の回りの世話を押し付けられた僕の身にもなってくれよ!
「光源氏計画」終
次回「十六夜焦り命婦」に続く。