
EP035. 私、パパに着いて行きたいの
「お前、それは無理だって。父親が子供を引き取るのって大変だぞ。」
「もちろんそれは分かってる。でもな、あの子は俺にとって宝なんだよ。」
「まぁ分かるけど、どうかなぁ。そもそも娘が父親に着いていくって言うのかも疑問だし、奥さんも黙ってないだろう。争うのか?」
「一人娘だしなぁ。正直なところ本人がどう言うかは分からない。それに何年も妊活した末にようやく出来た子だから、妻がすんなり認めるとも思えないからなぁ。」
「俺にできることはそんなにないと思うけど、学生時代の友だちで離婚に強い弁護士がいるから、必要なら遠慮なく言えよ。」
「ありがとうな。」
不仲の理由はよくある夫婦のすれ違い。
最初は小さなほころびだった。
不思議なもので、傷口ってものは手当をしなければ放っておくだけで勝手に広がっていく。早くに手当をしていれば、こんなことにはならなかったのかも知れない。
しかしそんな努力をすることなく、日々を忙しくすることで自分たちの感情を誤魔化しながら生活を続けてきた。
結婚して17年。
一つずつ長年かけて積み上げてきたものは、現状の夫婦関係に目を向けたときに一瞬で崩れ去った。
どれほど脆かったのだろう。
積み上げてきたと思っていたことは幻想で、そもそも積み上げることなどしていなかったのかも知れない。
今の一番の問題は娘のことだ。
彼女には何の罪もないのに、大きな負担をかけることになる。
最初の負担は選択。どちらの親に着いていくかを決めなくてはいけない。本当は無理矢理にでも俺が連れて行きたいが、やはり娘の気持ちを最優先したい。そこで、本人に聞いてみることにした。
「今から大切な話をするから、しっかり聞くんだよ。」
できるだけ刺激を与えないように話しかける。
「パパとママは家族の未来のために、それぞれ別の人生を生きることにしたんだ。だから近いうちに家族みんなが一緒に住むことは出来なくなる。そこで考えて欲しいんだ。パパとママのどちらと一緒に生活をするのか。今すぐに答えを出さなくても良いよ。でもね、いずれ必ず答えを出さなくちゃならないんだ。分かるかい?」
「分かるよ。きっとそうなると思ってたから。」
「そうか。負担をかけてごめんね。」
「大丈夫、私、決めてるよ。パパがいいんだ。」
え?俺がいいって言ったように聞こえた。
しかし、こんな時には「母親について行きたい」と言うのが定番だ。
聞き間違いかも知れない。
「今、何て言った?」
「『パパがいい』だよ。」
嘘じゃないよな。
「本当にパパなの?」
「しつこいよ。パパといたいの。」
ママでなくパパって、一人娘が父親といたいと言ってくれるのか?
願っていたこととはいえ、こんなに簡単に望みが叶うなんてちょっと信じられない。
「遠慮しないで、正直にどうしたいか言っていいんだよ。」
「もう、パパはママって言って欲しいの?私と一緒にいたくないの?」
娘の顔が涙で歪む。
「もちろんパパに着いてきて欲しいよ。」
「私、パパについて行きたいの。パパと一緒にいたいんだよ。」
「そっかぁ、そっかぁ。」
娘を抱きしめる。髪をくしゃくしゃにかき回す。
嬉しくて、愛おしくて、この感情をどうすれば良いのかが分からない位だ。
「パパ、やめてよー、痛い。」
「ごめんごめん。」
「私はずっとパパといるから。」
思春期を迎えようという娘が、父親の俺を受け入れてくれている。
一緒にいると言ってくれている。
男親が一人で思春期の娘を育てるのは大変だとよく言われる。
俺にできるだろうか。
不安だ。
思春期の娘とのこれから先は全く見えないが、俺を選んでくれた娘に応えたい。
上手ではないかも知れないけど、娘が不自由しないように、気持ちよく育ってくれるように、しっかり向き合っていこう。
しかし妻にはなんと言って説明しよう。
交渉は長丁場になるだろう。
今度は目を背けず、真正面から対話しよう。
俺と生きることを望んでくれた娘のためにも。
いいなと思ったら応援しよう!
