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EP021. ケーキ買ってあるから降りといで
私が一人暮らしをすると言って家を出たのはもう2年前。大学に入って2年目のことだ。一人娘の一人暮らしなんて認められないと父も母も大反対したけれど、家賃はもちろん、生活にかかる費用は全て自分で賄うからと、何度も何度も繰り返し両親を説得してようやく家を出た。
両親に不満はなかったんだけど、どうしても学生の内に一人暮らしがしたかった。自立してみたかったのだ。
一人暮らしは快適だった。
好きな時間に起きて、好きな時間に寝て、講義があれば大学へ行って、空いてる時間はバイトに入る。私は物欲はないので、休みの日はショッピングよりも部屋にいてネットドラマを観るのが楽しみ。
そんな生活だから家賃や光熱費、食費以外はそんなに必要ない。WiFi無料のマンションを選んだのでネットもお金はかからない。バイト代だけでなんとか生活は成り立っていた。
高校から続けているバイト。それなりのキャリアなので時給は悪くなく、部屋を借りるための費用や必需品もこのバイトで貯めたお金で全て賄った。
毎日が楽しかった。
何も制限されない、誰にも干渉されない生活。
心から自由を謳歌していた。
半年ほど経った頃だろうか、いつものようにバイトに入っていると店長に呼び出された。
親会社がこの店を売ることになったらしい。会社は従業員全員が新しい会社で雇用してもらえるよう交渉していたけど、残念なことに正社員以外は残れなくなったとのこと。
残るのが正社員のみとなると、バイトの私は残れない。
働けるのは来月末まで。
しばらくは貯金で繋げるけど、早く次のバイトを探さないといけない。
でも仕事には自信があるからすぐにバイトは見つかるだろう。
私は次の日から精力的にバイト探しを始めた。
しかし、思ったように話は進まなかった。
時給が希望の条件に合うようなバイトがない。私は相当良い条件で雇ってもらえていたようで、最初からその時給を貰えるところなんて皆無だ。あったとしても、危険だったり、汚かったり、深夜専門だったり、私に務まるものではなかった。
このままじゃ家賃が払えなくなる。
生活が立ち行かなくなるのはなんとしても避けなくてはならない。条件は合わなくても今までの経験を活かせるバイトを探した。
見つかったバイトの時給は前の半分。生活費の足しにはなっても、とてもやりくりできる金額ではない。しかし背に腹は代えられない、仕事があるだけマシだ。
1年頑張って多少の時給アップはあったけど、以前のような収入には戻せなかった。
貯金が底をついた。
一文無しになった私は、実家に帰らざるを得なかった。
実家に帰った私を待っていたのは、一人暮らしを大反対していた両親だった。
「だから言ったじゃない。」
「今さらそんなこと言われても、どうしようもないじゃん!」
「あんたは昔から絶対自分の非を認めないね。いつもそう。」
「何よ!そんなの親ゆずりだし!」
「何言ってんのよ。あなたは本当に親不孝者よ。」
「うるさいよ!お母さんなんて大っ嫌い!」
私は、悪態をついて反抗する以外に為す術がなく、二階の自分の部屋に逃げ込むと、鍵をかけてベッドに飛び込んだ。
「なぜこんな風になっちゃったんだろ…。私、何かいけないことしたのかな…。」
一人暮らしを始めた頃を思い出していた。
楽しかった。
毎日が輝いていた。
開放感が最高だった。
それなのに涙が滲んで天井が歪む。
「あぁ…、お金、全部なくなっちゃったな。」
後悔はしていない…。
はず。
周りが濃い青紫色に見えた。
まるで、とっても深い海、深海の底に横たわっているような気分になった。
「私ってだめだな。」
そんな感傷に浸っている私を、深海から引き上げる母の声がした。
「ケーキ買ってあるから降りといで。お誕生日でしょ。お父さんも待ってるよ。」
誕生日?
そうだった。今日は私の誕生日だった。
大反対を押し切って大口を叩いて家を出たくせに、たった2年で実家に戻ってきた私は怒鳴られても仕方ない。なのに両親は怒鳴るどころか、私の誕生日を祝おうとケーキを買ってくれていた。愛情を持って迎えようとしてくれていた。
「あぁ、私はなんて悪態をついてしまったんだろう…。」
母の笑顔が、父の笑顔が、目の前に浮かぶ。
「お母さん、お父さん、ありがとう…。」
両親の笑顔を今すぐ見たくて、感謝を今すぐ伝えたくて、急いで階段を駆け下りた。
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