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EP005. このデザート、イイね!誰のアイデア?
「んー、どんなのが良いかなぁ…」
今度のディナーショーで出すデザートをどんなデザインにするか。
真夜中の厨房で私は頭を悩ませていた。
このホテルには昨年末からお世話になっている。
ずっとアシスタントだったけど、今回、遂にデザートを任されることになった。
私にとって、このホテルでの初めてのとっても大切な大仕事。この仕事の良し悪しが私の今後のポジションを左右する。まだ自信がなかった私は辞退したいと断ったんだけど、半ば強制的に担当させられることになった。
「今回はあの人のディナーショーだし安定は不可欠。でも驚きがないと今後には繋がらない。」
あの有名アーティストのディナーショー。もちろんパフォーマンスがメインだけど、毎回評判の個性的なコース料理もゲストの楽しみの一つ。ありふれた料理では認められない。それはデザートにも要求される。
「あー、浮かんでこないよー…」
無難なデザインならいくらでも浮かんでくるのに、欲しい答えは一向に浮かばない。コース料理の試食審査は明日。焦る。焦れば焦るほど浮かんでこない。泥沼にハマった気分だ。
「テーマは安定と驚き。驚きって…何が人を驚かすんだろう。」
こんな時は歩くと良いと誰かが言っていたのを思い出した。オフィスならデスクの周りをぐるぐる歩くと良いらしい。
藁にすがる思いで調理台の周りを歩いてみる。刻々と時間は過ぎていく。
でも何も浮かばない。
「全然浮かばないじゃん!嘘ばっかり…」
歩くと良いと言っていた誰かに当たったところで答えが出るはずもなく、自分の能力の無さにただただ泣きそうになる。
厨房の時計をみるともう2時。
冷静になる必要があった。改めて考えてみる。私はどんなときに驚きを覚えるだろう。予想外のことが起こった時に驚く事は分かる。じゃぁ、何が予想外だろう。
すると、ふと、幼少期の映像が頭の中に映し出された。
「誕生日のプレゼントっていつも驚かされたなぁ。」
私が第一子だったこともあり、私の誕生日にいつも父は熱心に私が驚くプレゼントを用意してくれた。とても幸せな思い出だ。
「あの誕生日は驚いたなー。」
記憶の中で、改めてあの日の驚きを味わっていた。
その年のプレゼントは大好きだったお人形。何重にもなった大きなビックリ箱にお人形が隠されていた。
「そうだ!ビックリ箱で行こう!」
早速試作に取り掛かった。
頭に浮かんだデザインをスケッチする。色や素材や質感など、余すことなく描く。
「これだな。」
デザインができれば後は簡単。作って組み立てるだけだ。
「できた!」
気付いたらもう5時。
「シャワーを浴びに帰る時間はあるわね。」
就業開始まで少し時間がある。後は審査直前に作れば良い。一旦自宅へ向かった。
午後4時。試食審査の時間がやってきた。
デザートを5個、入念に用意して私は審査に挑んだ。
審査員は経営陣と総料理長。
総料理長はみんなの憧れ。この人に認められたくてやってくるシェフやパティシエは少なくない。もちろん私も例外ではなかった。
「あー、ドキドキだー。」
前菜からスタートし、いよいよ審査員の方々の前に私のデザートが登場した。じっくり眺めている。誰も言葉を発しない。
ひとしきり眺めると総料理長が口を開いた。
「このデザート、イイね!誰のアイデア?」
なんてことだろう。憧れの総料理長が私のデザートを褒めてくれた。
嬉しくて嬉しくて、そして嬉しさは認められた自信となって溢れ出した。
あれから5年。私は今、デザートの総責任者を担当している。
あの時の総料理長の言葉が大きな自信になり、その後、結果を残すことができた。
今も仕事で躓くことがある。自信を失くすこともある。
そんな時には総料理長のあの言葉を思い出し、嬉しかった言葉に自信をもらい、そして、またチャレンジしている。
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