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EP025. いつも笑っていて感じがいいわね
そろそろ次の予約の時間だ。
週末の夜は予約で一杯になるこのお店、今からが忙しい時間。
「いらっしゃいませ。」
しっとりとお客様をお迎えする。
よくある居酒屋式は嫌いじゃないんだけど、このお店はお客様の年齢層が高めな上にお忍びで来られる方も少なくないので、大人の雰囲気作りでもてなしている。
私はしっとり感はもちろん、お食事を済ませて帰るときにはエネルギーにも満たされていて欲しくて、精一杯の笑顔で接客することを心がけていた。
笑顔は私の自慢。唯一誰にも負けないと自慢できるポイント。
今思い返すと、笑顔だけは本当に子供の頃からよく褒められた。
両親はもちろん、祖父母、近所のおばさん、学校の先生、魚屋のおじさん、八百屋のおばさんがよく褒めてくれた。
両親は私にとても優しかったけど、幼い頃から挨拶だけは厳しくしつけられた。
人と会ったら必ず挨拶する。まるで家訓のようにいつも聞かされていた。
外を歩くときには、人と会えば挨拶。挨拶される前に挨拶。
幼い私が挨拶するとみんな笑顔で応えてくれる。いつからか自分も真似して笑顔で挨拶するようになっていった。
きっと人の笑顔が大好きだったんだと思う。
私が笑顔を振りまくと、みんなが「可愛いねー」だったり「素敵な笑顔だねー」だったり、嬉しくなる言葉で褒めてくれる。もっと褒められようと、もっと笑顔になる。そうこうしているうちに、常に最高の笑顔で人と接するようになった。
だからかどうかは分からないが、友だちからは「あなたの笑顔を見るとすごく元気が出るよ、まるでパワースポットだね」と言われるようになった。
「いらっしゃいませ。」
何かの集まりなのか詳しくは知らないけど、週に二度ほど女性ばかりが10名、いつも同じメンバーでご来店いただいている。いわゆる常連様だ。
「今日もよろしくね。」
なかでもこのお客様は私のことを覚えてくださっている。
可愛がっていただけているのか毎回きさくにお声がけくださることもあり、私もお姉さんのように慕っている。
お客様方をお部屋へご案内する。
みなさんがお掛けになる席とそれぞれの最初のお飲み物が決まっているので、いつもの通りお席を用意する。ご案内はわざとらしくならないように気をつけて、お一人ずつスマートにお連れして椅子を引く。
もちろん、最高の笑顔を終始忘れない。だってそれは私のシンボルだから。
「それではお食事をお持ちいたします。」
ここまでのルーティンが私の担当。
もう何千人とエスコートしたので慣れたもんだ。
2時間半ほど経っただろうか、お客様のお部屋からコールがかかった。
「お勘定をお願いできるかしら。」
「いつもの通りでよろしいでしょうか?」
お客様が目でサインをくださる。
このお客様方はいつも割り勘でのお支払いだ。
「承知しました。少々お待ちください。」
「ところでいつも思うんだけど…。」
「どうかなさいましたか?」
「あなたって、いつも笑っていて感じがいいわね。」
帰り際に世間話をされるお客様だったけど、こんなことを今まで言っていただいたことはなかった。
「ほんと性格の良さがよく分かるわよ。」
「フフッ。ありがとうございます。とっても嬉しいです。ただ…、そう仰っていただけても、何もお出しすることはできませんけど…。」
「そりゃそうね。」
「いつもありがとうございます。」
お客様が見えなくなるまで見送った。
「笑顔に加えて性格まで褒められちゃったよー。」
得意なところを褒められて嫌な気がするわけがない。
今日はすこぶる気分が良い。
嬉しくてニコニコヘラヘラしていると耳元で声がした。
「ほら、何してんの。座敷のお客様がお呼びだよ。」
店長が耳打ちで注意してくる。
「はーぃ。」
声を出さずに表情で答える。
注意されたって気にしない。
だって気分が良いんだからね。
もちろん店長にも自慢の笑顔で応えた。
さぁ、今日も頑張ろう!
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