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EP023. 何でも出来るからどこに行っても大丈夫だね
私は某企業で管理職をしている。
世界に拠点があり総社員数はグループ全体で数万人にもなる会社だ。
私が管理部門では初めての女性管理職ということで、理想の女性上司だと話題になったのはもう随分前のこと。最近は日々の管理業務追われていて、なかなかこの組織でやりたかった仕事をできていない。せっかくの出世が自分の成長につながっていないのが辛く面白くなかった。
会社はというと、近年のマーケットの変化に十分追従ができておらず、ここ数年は右肩下がりで業績が悪化している。規模の大きさが幸いしてすぐに倒産する状況ではないが、業績好転のために何らかの施策を打つことになる。
そんな中、会社が人員削減をするとの情報が入ってきた。
きっと早期退職制度が適用されるのだろう。
数年前にも早期退職制度の適用があった。
当時の私はまだ対象年齢ではなかったが、今回は対象年齢に入る。
一気にリアリティーが増してきた。
女性管理職が増えてはいるのだがこの会社はまだまだ男社会。
このまま会社に残っても、これ以上の出世は期待できない。
私はかねてより知人の会社から誘われていて、私がやりたくてこの会社でまだできていないあの事業を是非進めて欲しいと言ってくれている。
そんなこんなで、私は「次に早期退職制度が適用されたら絶対に退職する!」と心に決めていた。
人事の同期に確認してみると、やはり何度か早期退職制度で希望退職を募る予定らしい。
今回の制度は最初は条件が良いのだが、制度適用の申し出が遅くなると条件が悪くなっていく。
退職金に加算されるプレミア分が減っていくのだ。
会社は早く固定費を下げたいので、早く会社に協力するなら条件を良くしようというわけだ。
数週間後、会社は早期退職制度の適用をアナウンスした。
1万人規模での削減だから連日ニュースでも取り上げられるぐらいの大騒ぎ。
まず管理職から希望退職を募ることになった。
私は真っ先に手を挙げた。
あのときの上司の驚いた表情は今も忘れない。
早期退職希望の有無は上司が面談で確認する。
「本当に早期退職制度の適用を希望するのか?」
「はい。」
「本当にもう次は決まっているのか?」
「はい。」
「君は会社の再生計画に入っていたんだが。なんとか考え直すことはできないのか?」
こんな面談も、もう三回目だ。
「申し訳ないです…。お世話になっておきながら…。」
いつもはこのやりとりで「また次回」となるのだが、今日は違った。
「意志は固そうだね。」
次のフェーズに入ったようだ。
「はい、前から決めていました。」
「だとしたら仕方ないね。本当に残念だけど。」
一呼吸の後、上司は続けた。
「この状況で会社を出るんだから必ず成功してくれよ。でも、そんな心配は要らないか。」
「なぜですか?」
「君は何でも出来るからどこに行っても大丈夫だね。」
「なんでもできる」、そんな風に上司は思ってくれていたのか。
私は毎日の管理業務に追われてばかりでなかなか結果が出せずにいたのに、そう評価してくれていたのか。
「辛い、面白くない…。」と塞ぎ込んでいた自分が恥ずかしくなった。
「このままでは成長できない…。」と悲観していた自分がただ切なくなった。
「辞めない限りしたい事はできない…。」と腐っていた自分が情けなくなった。
感謝の気持ちを込めて会釈をし会議室から出た。
扉を閉めてから、もう一度会釈をした。
「普段から一緒にいるから何でも分かっているんじゃなくて、ちゃんと話してみないと分からないことってやっぱりあるんだな。」
頭を上げるとそこには、目隠しを施したガラスドアに映る自分がいた。
襟元を正し、しっかり未来を向いて歩いて行くと決意を新たにした自分が。
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