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EP030. 僕はね、本当に期待してるよ
「なぜこうなるのよ!」
悔しい。
涙が止まらない。嗚咽が止まらない。
鳴き声を出さずにいるのが精一杯。
「私は会社のことを考えて提言しているのにひど過ぎる。」
涙をこらえて目を閉じるとまたあの光景が浮かんでくる。
何度でも何度でも浮かんでくる。
悔しさが何倍にも膨らんでいく。
あんなこと言われる筋合いはない。馬鹿にするにも程がある。
総合企画部長はいつもそう。
役員だからって自分がどれだけ偉いと思っているのか知らないけど、上から目線で人を馬鹿にして、メッタ斬りにする。
「もっと言い方あるじゃん。」
理不尽な扱いに悔しさが悲しさを連れてきた。
「なぜなのよ…。」
会社の人みんなが私を馬鹿にしているような気がしてきた。
「ん?どしたー?」
上司が声を掛けてきた。
流石にデスクでブツブツ言いながら泣いている部下を放っておくことはできないんだろう。
「どうしたん?なんかあったんか?」
上司は関西出身。
お笑い感が少な目で柔らかい物腰の関西弁は嫌いじゃない。
「昼飯ー…、行こか。ちょっと付き合い。ご馳走するで。」
涙を拭って、取るものも取りあえず先を歩く上司を追いかけた。
少し歩いてオフィスから離れたお蕎麦屋さんへ入った。
この辺りは休憩時間に来るには時間切れになりやすくて、会社の人はあまり来ない。
「休憩時間大丈夫ですか?」
「僕が上司なんやから気にせんでえぇ。まぁ、これも業務命令やと思たらえぇよ。」
注文を済ますと、上司が話し始めた。
「あん時は悔しかったわぁ…。」
上司が若かった頃の話を始めた。
あるプロジェクトを進めていた。役員方をうまくまとめて進めないといけない案件があったけど、上司を可愛がる役員と相対する役員がいて、妨害や足下をすくわれるような仕打ちに何度もあったらしい。
「そんなこともあったけど、諦めんと繰り返し繰り返し、何度も頭下げに行ってたら少しずつ分かってくれてなぁ。まぁ、何とか結果を出させてもろたわ。」
上司は遠くを見ている。
美談に浸っているつもりだろうか。
「そや、こんなこともあったなぁ。上司が出張してるときにな、同僚に上司の悪口をメールしとったんや。『あいつはなんも分かってへん』って。『僕を連れてかな上司だけが行っても意味ない!ほんま分かっとらんわ、あのハゲ!』ってな。そしたらメールアドレス間違ってて、上司宛に送ってたんや。あれはきつかった。ほんま、あほやろ。それにほんまにハゲてたしなぁ。」
今度は失敗談だ。
「出張から帰ってきた上司に平謝りや。『会社辞めます』なんてな。上司はなんも聞かずに許してくれた。申し訳なくてしばらくはめちゃくちゃ後悔したわ。で、その上司、誰やと思う?」
「え?分からないです。誰なんですか?」
「社長や。あれがきっかけで、思てることをちゃんと話せるようになったのが良かった。それこそ今は僕の一番の理解者やな。あの人にはほんと世話になってる。まぁ、失敗したりうまくいかんことがあっても、それはそれ。振り返ったらな、結局それがあったから今があると思える。逆に言うたら、今の自分を作るためにそれがあったって訳や。」
振り返ってみると、確かに当時は嫌で辛かったことも「それがあったからこそ今の自分がある」と思える。
「今は『辛い・悲しい・悔しい』でも、それは必ず未来につながってる。無駄なことは一つもない。」
何一つ無駄なことはない。
そう思うと、元気が沸いてきた。
いつか総合企画部長に「認めさせてやる!」と、グッとモチベーションが上がってきた。
「ほんで…、自分は…どないしたんやったっけ?」
「いや、何でもないです。」
「あのな、プレッシャーには感じて欲しくないんやけどな、自分には期待してるんや。僕はね、本当に期待してるよ。」
上司は私のことを期待してくれている。
私のことを理解してくれている。
みんなが私を馬鹿にしてるわけじゃない。
「ほら、遠慮せんと食べや。蕎麦、のびるで。」
この人に付いていこう。
もっとたくさんのことを学ばしてもらおう。
きっといつかは私も上司のように人を動かせる人になれるはず。
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