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EP034. 家族を救っていただきありがとうございます
当社では年に数回、中途採用の募集をかけている。
私は人事部の採用責任者。
求人サイトの選定から広告、配属予定部門のリーダーと共に選考まで担当する。
今回は、次年度に進行予定のプロジェクトで中核メンバーとして期待できる人材を確保するために求人募集をかけた。
今日はその採用面接。6名の候補者で合同面接を行った。
面接のポイントはリーダー性と技術力。
裏付けのある技術力をもってリーディングできる人材かどうかだった。
「部長、今日の候補者はどうでした?6名の中で気になる人材はいましたか?」
「そうですねー。みなさんそれぞれ特長があったんですけど、やっぱり当たりを付けてた彼がいいですねー。現時点ではまだプロジェクトを引っ張っていくには弱そうですが、育てればきっと良い結果を出してくれるでしょうね。課長はどうだった?」
「えぇ、私も彼が良いと思いますね。みなさん悪くはないんです。でも、穏やかな感じは部下からも慕われやすそうですし、技術面でも彼は突出していましたから。」
「やっぱりそうですね。了解です。私も彼が良いと思いますので、満場一致ということで人事部長に報告しておきますね。」
中途採用の場合は採用を見送ることも少なくないけど、今日は満場一致で採用候補が決定した。この後は社長面接を経て、特に問題がなければ来月一日から出勤となる。
約2週間後、採用者の入社日がやってきた。
「入社おめでとうございます。今日からですね。」
「はい、改めてよろしくお願いします。」
実は私も中途採用。採用経験者募集の選考を受けて入社した。
だから中途入社の気持ちはよく分かる。
初日はすごく緊張するのだ。
「緊張しないで、肩の力を抜いてね。」
配属先へ案内する前に、応接室で入社用の書類を作成してもらう。
「たくさんあって大変だと思いますが、こちら全てに記入をお願いします。あと、マーカーで印をつけているところには押印をお願いしますね。」
「分かりました。」
「では、10分後にまた戻ってきますね。」
一度応接室を出て、記入が済んだ頃に戻る。
「書けましたか?」
「えぇ、こちらです。」
「OKですね。では配属先に案内します。こちらには戻ってきませんので、私物は全て持って出てくださいね。」
「あの…、一言だけいいですか?」
「えぇ。何でしょうか?」
「あの…、採用面接の際はお世話になりました。今ここにいられるのも、あなたのおかげです。本当に、本当にありがとうございます。」
「何言ってるんですか。あなたが当社に必要な人材だと判断したから採用したまでです。採用候補者の中であなたが一番輝いていましたよ。ここだけの話、満場一致であなただったんですから。」
「ありがとうございます。私はあなたのおかげで仕事を得られたんです。私の家族を救っていただきありがとうございます!」
「もうそれくらいにしてくださいよ。お礼は要りませんから、仕事で結果を出してださいね。」
「ありがとうございます!」
この会社で採用責任者になってもう3年になる。
お礼を言われることは少なくないけど、こんな風に言ってもらったことは初めてだった。
採用。
「私の仕事って、人の人生に大きく関わっているのね。」
採用という仕事はもちろん採用される本人の生活や人生に関わることだと思う。
でも今回の件で、採用するか否かは本人だけでなく、家族の生活までも左右することを実感した。
「今以上に責任持って仕事しなきゃね。」
自分の仕事にプライドを持つと同時に、しっかり緊張感を持って対応をしていこう。多くの人の人生に深く関われる仕事に就けたのだから、精一杯の誠意をもって接していこう。
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