⑤移住への決意
僕は妻と土地について話し合って、僕らが気づいた自分たちの"良かったね"を再収集した。
・様々な樹種が育つ約60年間の手付かずの森があること
・自分の森で一生分の薪が手に入ること
・湧き水があること
・森中に入って行けるしっかりとした小径があること
・古い家があること(修理すれば住める)
・妻の好きな朴木(ホウノキ)が家の側にあること
・小径にクマの糞があったこと etc...
その他、インフラ関係はすぐに整備できることなど移住が急に現実的に見えてきた。
僕は思考を一度やめて、現状を感覚的にだけ捉えようとしていた。"期待しない"為だ。期待をしてしまうと自分の中の感覚が鈍り冷静な判断が難しくなることがある。
いったん、ここは期待しないでおこう。まずはゆっくりと、この北の大地と向き合って感じていこう。
春が来て、夏がきて、僕たちの移住は現実味を帯びてきていた。ただ、ほんの少しの違和感を妻は感じていたことを除いては。
「秋に土地の購入を伝えよう」と僕は妻に言った。妻は覚悟を決めた顔で頷いた。
10月、北の大地ではすっかりと森が紅葉し始めていて千両梨の木にもたくさんの実がなっていた。持ち主の方が梨の実を摂るための長い棒を古い家から出してきてくれてたくさんの実を摂ってくれた。
湧き水を手に取って、水芭蕉が群生している辺りを見てまわって、あらためて土地の良さを実感していた。
「この土地を譲って頂けますか」
『 ... 。 .... 。 』
『この山に道をつけようと思うんだ、樹々を伐採してスッキリしようと思ってる』
はじめは、何を言っているのかわからなかった。僕たちに譲ろうとしている森に樹々を伐採して道を作るという話を理解するのに一瞬ではあるが時間にがかかってしまって返す言葉が出なかった。
おこがましい話ではあるけど、自分たちの所有することになる森は樹々を伐採する必要はないと思っていたし、森を伐採や新たに道を作ることは自分たちのイメージではなかった。