風土と感性:フィールドリサーチプロジェクト(山口ミライ共創ラボ)
「ない」ことから見えてくる世界
山口市には湯田温泉や国宝・瑠璃光寺五重塔があるものの、観光資源が豊富であるとは言い難い。恐れずに言えば「ない」。しかし、最近、その「ない」ことこそが豊さの源泉ではないかと思うようになった。
私は4年前まで、人工物に溢れた都市生活を送っていたため、「ないこと=非都市」である山口に対して、無意識に偏見を抱いていたのかもしれない。私自身も、都市の人工物によって形作られた存在だったからだ。
しかし、コロナ禍を経て、人間は生命の脆さを感じ、そこで私たちは生きる意味を探し始め、ウェルビーイングへとシフトしてきた。人間は本来、自然から恩恵を受けながら感性を通じて自然と対話してきたのではないかと思う。それにもかかわらず、現代社会において私たちは本当に感性を活かして生活しているだろうか?
私たちは自然との絆を取り戻し、深い共感と共鳴を感じる必要がある。そして、内なる物語を語り、自己への内省や人生の本質について、より深く考えるべきなのだ。
海外から見た日本
とあるメディアで、京都のタクシー運転手の話を目にした。最近、外国人韓国客は「本当の日本」を見にいくために山陰や東北に向かうようになっているという内容の記事である。
実際にニューヨークタイムズで選ぶ「世界でいくべき都市」の上位に盛岡市(2023年)や山口市(2024年)がランクインしている。しかし、これらの結果に対して、我々日本人には少し違和感を覚えるのではないだろうか。
「海外都市から見た日本のブランドイメージ調査」によると、日本ブランドの提供価値は次のように示されている。
また、デンマークの政府組織であるDenmark Design Centerは、循環型社会のデザイン規範を調査する中で、日本の「少ない消費で有意義な人生を送る」ことに注目している。日本の文化や、ミニマルで美しいデザイン、建築物、おもてなしの心、親切な対応といった日本の哲学からヒントを得ようとしている。
一方で、西洋化や近代化により、日本の美が失われつつ現状もある。谷崎潤一郎は「陰翳礼讃」で、日本の民家にあった光や影が、日本の美しさを形づくっていたことを論じている。
我々の日常は、人間がデザインしたものによって形づくられ、その世界が再び人間をデザインしているという相互関係にある。私たちは人工物によって風土が見えにくくなり、感性を使う機会が減ってしまっている現状がある。では、風土との対話を通じて、現在の私たちの生活はどのような営みの中で成り立っているのだろうか?このような問いを抱き、日本文化に関するリサーチに着手したのである。
日本文化のシステム考
私は日本文化におけるさまざまな営みについてシステムの視点から調査を行っている。その中から一部を紹介する。
民族
日本人は古代、農耕民族と海洋民族の2つのアイデンティティーが融合したとされている。自然との共生を通じ、自然に対する愛着を持ち、アニミズム的な信仰を持つことはよく知られている。また、自然に対する感性が豊かで、蝉や鈴虫の鳴き声に季節の風情を感じたり、波音や雨音も心地よいと感じることもある。
一方で、自然災害などの脅威にも度々晒されてきたため、変化に対応する力や、観察力、共感力といった刻一刻と変わる状況に適用する能力が、日本人の特徴として挙げられる。
和食
和食の根幹をなすのは、米、魚、大豆である。そのため、限られた資源から食に必要な調味料を作り出してきた。発酵は自然を観察し、その営みを人間の活動に活かす知恵の結晶である。
伊勢神宮
伊勢神宮では今でも、朝夕2回の日別大御饌祭で神饌をお供えしている。春には豊作を祈る「祈念祭」、秋には新米を捧げて感謝する「神嘗祭」が行われる。四季折々の神事では、可能な限り農作物や海産物以外も自給自足で調達している。たとえば、五十鈴川流域では水田や畑で米や野菜が収穫され、伊勢湾では鯛や海老、鮑などの海産物が豊富な採れる。神さまに捧げる特別なお酒についても、酒類製造免許を取得し、宮内で醸造している。また、神事で使用される和妙(絹)や荒妙(麻)、素焼きの土器などの生活必需品も自給自足で生産している。
さらに、式年遷宮では、社殿は20年に1度、新しく建て替えられる。この伝統行事は690年から現代まで62回も行われており、1300年以上にわたって古代と同じ姿で祈りの場として機能している。このように、ハードウェアとしての社殿を一定の周期で取り壊し、ソフトウェアとしての職人技術を継承するシステムは、神道の考え方に基づく「自然の生命を大切にし、循環させる」という思想を反映していると言われている。
人間性
このような日本文化は、共同体のなかで育まれた「足るを知る」という考えにつながる。西洋では外側に答えを求めようとする傾向がある一方、日本人は内省し、内側に答えを見つけようとする。つまり、日本文化は「もっと、もっと」という拡張志向ではなく、「足るを知る」という文化である。これは日本人の人間性を象徴している。内向き志向は、過分な欲望をもたず、現状に満足し、答えは自分の内にあると理解して謙虚に生きる姿勢である。「足るを知る」からこそ得られる充足感、共同体で助け合って生きる安心感、人との温かいつながりが、日本人の美徳とされている。
和の空間デザイン言語
デザイナーである原研哉は、著書「低空飛行」の中でさまざまな地方を巡り、風土に対する自身のインサイトを紹介している。それらのインサイトは和の空間デザイン言語としてまとめられている。
このような風土に対する経験から湧き出る感情こそ、私たちが風土と感性を再発見するきっかけになるのではないだろうか。
フィールドリサーチ
KDDI維新ホールの「山口ミライ共創ラボ」のプロジェクトの一環として、山口大学国際総合科学部のメンバーが中心となり、山口市におけるフィールドリサーチプロジェクト「風土と感性」を実施した。本プロジェクトでは、人間が創り出した人工物を直接の対象とするのではなく、風土と人間がどのような関係性にあるかを考察することに主眼を置いている。仮に人工物を研究の起点とする場合でも、その人工物を生み出す過程で、人間が感性を通して風土とどのような対話を行なったのかを深く分析することを目的とする。
風土
その土地の気候・地質・景観などが住民の生活や文化に深く影響を与える環境
自然(川・海・水・木・葉・花・日・空気・潮)
気候(雲・雨・風・雪・温度・湿度)
地形(山・谷・盆地・峠・斜面・渓谷)
地質(土・岩・砂)
景観(風景・光・影 )
感性
印象を受け入れる能力。感受性。また、感覚に伴う感情・衝動や欲望を含むもの
視覚
嗅覚
味覚
聴覚
触覚
プロセス
フィールドリサーチは以下の手順に従って進められた。
山口市内で感性が揺さぶられる場所を探す(まだ名が与えられていないが、視覚的に惹かれる場所でよい)
実際に現地を訪れ、身体を通して純粋な経験をする
その場所の「存在」がどのような営みによって成立しているか?人工物は風土とのどのような対話から生まれてきたか?などの視点で調査を行う
営みを視覚的にギガマッピングし、対象システムの分析や考察を行う
ビジュアルと文章を用いて、「風土と感性」についてライティングする
アウトプット
陰翳礼讃:自然と人工の交差
人間世界と自然世界の境界
自然の高低差が生み出す神社の存在と感覚変化
風土を彩る清流がもたらす自然美の醸成
自然と「生」の循環
本能と計画
対話イベント
プロジェクトメンバーのアウトプットを共有し、山口市の「風土と感性」について考える対話イベントを開催します。
日時:9月30日(月)19:00-21:00
会場:KDDI維新ホール アカデミーハウス
申し込みフォーム
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?