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雇い方と雇われ方

その男は旅の途中、街道沿いの井戸で喉を潤した。
井戸の向かいには、紫色ののれんがかかっていた。
ーーだんごーー
掲げてある札には、旨そうな文字が並んでいる。
みたらし、いそべ、きなこ、あんこ。
「いらっしゃい、食べていくかい」
女の声にそそのかされて、右腕でのれんを押し上げ覗き込んだ。
炭の火の前で、女が団扇で風を送りながら忙しそうにしている。串に刺さっただんごをせっせとこしらえている。玉のような汗が、妙に色っぽい。
「ひとりでやってるのか?」
「あぁ、そうだわよ。アノヒトは、アタシと団子の粉を置いて出て行っちまったのさ」
「手伝おうか?」
「手伝う?旅のお方は暇なのかい?」
「うまそうな団子だ。いっぺん食ってみたいが、懐がどうも寒い」
「寒いンなら、炭火であったまっていきなせ」
「炭火であっためて、あったまるもんじゃ無いのさ」
「情けないねぇ、アンタ、旅なんかしてないで、クワでも担いで、畑で食い物こしらえたほうがいいんじゃないのかい」
「ちげぇねぇ。だがな、俺には俺なりの旅の理由があるってもンだ」
「あら、そ」
女は喋りながらも、手際よく3つのだんごを串に通していく。
「手伝った報酬に、だんごをくれないか」
女はニヤリと笑って「あんたに、なにができるんだい」と尋ねる。

*その1 時給で契約を提案した場合
「今から忙しくなるだろう?昼のいっとき、ここで店番をしてやろう。この日時計が2つ分傾く頃には、この街道の飯時もおちつく。どうだい?報酬にだんご4本ってのは?」

*その2 出来高制で契約をした場合
「それなら、こういうのはどうだい?俺が客寄せして売った客の本数の10本で1玉ってのは?ただし常連は無しだ。30本売れば、俺は1本食えるってわけだ。どうだい?」

*その3 時給+出来高制
「今から忙しくなるだろう?昼のいっとき、ここで店番をしてやろう。この日時計が2つ分傾く頃には、この街道の飯時もおちつく。どうだい?報酬にだんご4本ってのは?
 それに加えて、俺が客寄せして売った客の本数の10本で1玉ってのは?ただし常連は無しだ。30本売れば、俺は1本食えるってわけだ。どうだい?」

このnoteはべつに、落語もどきを書きたいわけでは無いから、この先は描きませんが。
どの雇用契約が、最適でしょうか?

男(労働者)にとって。
旅の恥は掻き捨て。という言葉がある。もし、二度と戻ってくるようなことがない場所であれば、時給労働なら、『店番』と称してふらふらしていても、4本は確定だ。焼いたものを運ぶ程度の作業でもしていれば、仕事したように見えるだろうが、このだんご屋がセルフサービスの場合、なんの役にも立っていないことになる。

逆に、出来高制は危うい。
常連ばかりで賑わう店舗の場合、男が狙うイチゲンサン(非常連)が少なければ、食える団子の数が未知数だ。
街道沿いだからいけるとおもったか?バカだな、うちの店の常連はアタイにめろめろさぁ。となる。当てが外れたらえらい目に遭う。

じゃあ、女(経営者)から見える世界はどうだろう。
結局は報酬を払うのだ。
出来高制ではどうか。
「思ったより食うヤツ」だった場合、在庫が気になる。便利だが、売り切れあとにまた、ヤツの分だけ作らなければならないかもしれない。
逆に時給なら4本を置いておけば、昼をやり過ごせる。必要な団子の本数も明確で便利だ。となるかもしれない。
だが、本当によく働く人材なのか?怪しいところである。


こうやって、時代も飛び越えて、報酬も円ではなく団子で考えさせられた場合、「お互いにとってWin-Winになるとしたら」という観点であれば、モチベーションの源泉にもなるし、どうかんがえても、時給(基本給)+出来高になるだろう。
だんご屋は、団子を売らずに客と談笑し続ける無能な旅人に、だんごを奢る理由はないのだから。
だんごが売れた売り上げから報酬を支払うというのは利(理)にかなっている。

しかし、現代の日本社会は、面白い報酬体系になっている。例え話はこうだ。

「どうだい?今から夕刻まで手伝うことにしよう。だんごは8本だ。もし、夕刻以降も手伝う用事があったら、あるいは、店じまいに思った以上に時間がかかって夕刻以降も仕事が残っちまった場合は、1刻につき、4玉だんご1本で手を打とう。どうだい?」

どうだい?
は?なにゆうてますの?お前、ゆっくりやって仕事残す気だろう?である。
営業時間外も付きまとうエネルギーがある者を優遇し、報酬を与えるのである。
この場合、いつやるか?
夕刻以降は4玉団子に早替わり。美味しい団子が3本で4本分の報酬だ。
時間内に仕事を終わらせる意味はあるか?
旅人は宿無しだ。宿代わりになるなら、翌朝以降も泊まり込もうとするかもしれない。

帰りたい。
自分の時間を確保したい。
帰って寝たい。
そういう人間としての常識があると、メリットの大きい報酬にはたどり着けない。
時間内に仕事を終わらせられるように、効率的に業務を組んでいった者には、4玉だんごは無いのだ。
効率悪く昼間の仕事を行なって、仕事を残し、夜は寝る間も惜しんで会社に居座る。4玉だんごの数だけを増やそうと考えた場合、労働者にとってそれは正義になる。
労基が定めた上限いっぱいを見定めて、だんごを狙うのだ。

その、がめつい4玉だんご狙いの男の行動は、果たしてだんご屋が目指す経営に合致するだろうか?
ゲームの「報酬」の方向性が、合致しないと、自分が用意した労働者への「報酬」がブレーキになるのだ。

経営者をやって人生ゲームを楽しんでいる方には、ぜひ、報酬の最適解を見つけていただきたいものである。


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