「沈みゆくアメリカにしがみつくのは最悪の選択」──中国研究者の矢吹晋氏が岩上安身のインタビューで警告 「アメリカは中国とうまくやっていく」岩上安身によるインタビュー 第581回 ゲスト 矢吹晋氏
「沈みゆくアメリカと、成長する中国の狭間にいる日本。両国とうまく付き合うしか道はない。アメリカにしがみつくのは最悪の選択だ。米中が深いところで付き合っていることを、何も知らない日本は危うい」──。
『チャイメリカ―米中結託と日本の進路』『尖閣問題の核心~日中関係はどうなる』などの著書があり、前回の岩上安身によるインタビューでは、「中国を仮想敵国にする安保法制は、とんでもない時代錯誤」と一刀両断にした、横浜市立大学名誉教授の矢吹晋氏。2015年9月9日、再度、岩上安身のインタビューに応じて、中国とアメリカを取り巻く現実を、さらに詳細に説明していった。
矢吹氏は、前回の続編として、中国バブル崩壊、北朝鮮と中国、ロシアの関係、韓国と中国の接近などについて解説。アベノミクスを本当に成功させたいのなら、中国との経済関係をよくするしかないとし、「先日の中国の株価暴落が、世界経済に影響したことを見ればわかるはず。国民の生活を守るなら、つまらない挑発は止めて、中国とまともな対話をすべきだ」と、安倍政権の外交姿勢を批判した。
また、日本のメディアの中国報道は偏っていると述べ、「日本はバブル以降、まったく成長できず、中国に追い越された嫉妬がある。安倍首相が中国を敵視するので、ネガティブ面だけを誇張して、政治と結びつけている。真実を分析しない」と苦言を呈した。
さらに、中国バブル崩壊の事情や、中国とロシア、ウクライナの関係、中国と北朝鮮と韓国の間の事情など、歴史的背景も含めて縦横無尽に語っていった。
最後に矢吹氏は安保法制について、「日本の力は、アメリカには何の役にも立たない。アメリカは、さっさと中国と調整してうまくやっていく。アメリカがAIIBに入るなと各国に釘を刺した時、日本以外、どの国も従わなかった。それが現実だ」とし、中国を封じ込めることはできないのだから、そんな法律を作っても実行できるのか疑問だと語った。
■イントロ
・日時 2015年9月9日(水) 13:00頃~
・場所 IWJ事務所(東京・港区)
中国と戦争をする発想──あり得ない
岩上安身(以下、岩上)「前回のインタビューでは、南シナ海の状況などをお話しいただきました。今回は、中国バブルの崩壊、北朝鮮と中国の関係、韓国と中国の接近などを中心にお聞きします。ところで、安保法案は9月15日公聴会、16日委員会で採決、18日までに成立させるつもりです。でも、反対運動は全国で激しい。8月30日、国会周辺には大変な人数が集まり、9月6日の新宿歩行者天国での抗議はぎっしり人で埋まりました。
それらは、組織から指示された運動ではない。一般の市民が自主的に立ち上がった結果です。こういうことは、今までなかったのではないか。これを報じないメディアは腐っている。先生は、強行採決をする政府と、この大衆運動をどう見ていらっしゃいますか?」
矢吹晋氏(以下、矢吹・敬称略)「学生だった60年安保を思い出します。圧倒的な反対のもとで、法律を作る意味があるのだろうか。国民の意志に反した法律に、本当に拘束力があるのだろうか。安保法制が本当に役立つのか疑問です」
岩上「成立後も反対運動は続くのか。落胆し、収束してしまうのか。閣議決定で憲法もねじ曲げてしまうこの政治に、国民はシニシズム、無気力感を感じて諦めてしまうのでしょうか?」
矢吹「安全保障が必要なのは、敵がいるから。では、誰が敵なんですか。北朝鮮の核は敵ではない。国内統治のため。捨てたとたん、リビアのカダフィと同じ運命をたどります。中国を敵として戦争をするという発想は、まったく考えられません」
岩上「しかし、安倍政権は中国の脅威と北朝鮮のミサイルを強調しています。国民の心情は、拉致問題などもあって『北朝鮮、許すまじ』と。さらに、『向こうは核ミサイルを持っている。自分たちは憲法9条があるために、核を持っていないじゃないか』というプロパガンダがなされています。
そして中国の株価が急落。日本の市場も連動し、中国経済に依存していることが明らかになった。安保法案と集団的自衛権で米軍と一緒に、何を、なぜ、どこでやるというのか。それでも一番の脅威は中国というのが、政府の公式見解です。嫌中派は中国の株下落を喜び、中国は衰退するだろう、と他人事のように言う」
中国封じ込めを妄想する安倍政権の狂気
矢吹「アベノミクスを本当に成功させたいのなら、中国との経済関係をよくするしかありません。中国を仮想敵にしたら、日本経済は絶対よくならない。今回、世界経済も株価暴落に影響したことを見ればわかるでしょう。もし、国民の生活を守るなら、つまらない挑発はやめて、中国とまともな対話をすべきです」
岩上「(パワポ資料を読み上げて)『中国のくしゃみに震えるグローバル経済』『中国封じ込めを妄想する安倍政権の狂気』と。安倍流の安保構想は、当初は中国と北朝鮮を隠し、ホルムズ海峡、マラッカ海峡にすり替えていた。二重、三重の欺瞞だ。だが、米国とイランが和平に進み、隠しきれなくなった。先生は、『中国封じ込めをちらつかせながら、対話の門戸は開かれていると強弁する安倍流スタンスを、習近平は相手にしなかった』と言われますが」
矢吹「中国封じ込めは、朝鮮戦争以降、アメリカが20年ほどやったことです。でも、1971年、国連が台湾を外して中国を招いた時から、封じ込めは止めたのです。平和共存で40年続いてきたのです。朝鮮戦争の時、まだ中国は弱かった。その後50年で、軍事、経済、政治大国になった。それを、衰えつつある日本が封じ込めるとは、気違い沙汰だ。誰もそれについては言わない。そもそも、AIIBの時に明らかになったでしょう?」
岩上「先生は、習近平が安倍政権の高い支持率を見ていて、最小限のパイプを維持する方針に転換したとも言われてますね。習近平は安倍政権を睨んでいたんですね」
矢吹「習近平と安倍首相は会う機会が多い。特に昨年、中国主催のAPECでは横向いて顔を合わせ、バンドン会議では仕方なく立ち話をしました」
岩上「それをリチャード・アーミテージは、『靴下をかいだような顔で2人は握手をしていた』とからかうように笑った。習近平が一瞬、笑顔を見せたが、それは在中の日本企業に向かってのメッセージだ、との指摘もあります」
矢吹「安倍政権とはケンカしても、背景には日本の経済界があるから。それに隣国でもあり、習近平は、それなりに付き合っていこうと軌道修正をしました。それで、9月の抗日70年記念集会に、安倍首相は出席するはずだった。メルケル独首相はロシアの記念パレードには出席しないが、現地に行き、プーチンと首脳会談をした。メルケルは、そういう方法を日本に示唆し、安倍首相もそのやり方で訪中する予定でした。終戦をお互い祝い、友好を保つことは、あってしかるべきですから。
その前には、谷内正太郎安保局長が李克強首相に会って、安倍首相との会談に関するメッセージを送っていた。だが、安倍談話の中身がはっきりせず、最後の段階で出席を取りやめた。それで、再び日中関係は悪化してしまいました」
岩上「なぜ、安倍首相はこれほど中国を敵視するのでしょう? ナショナリズムを駆り立て、自分の政権基盤を盤石にしようとしている、とうことはたしかに考えられる。しかし、日本の権力は、しょせんはアメリカに牛耳られている中間管理職のようなものです。アメリカの意向に従っているのではないか、との疑念が尽きません」
矢吹「実は、キャロライン・ケネディ駐日大使は日本の政治をまったく分析していない。安倍政権のスローガンだけを報告するだけだと、米国務省ですごく批判されている。安倍首相はアメリカを引きずり込もうとしているのではないかと、向こうも迷惑している。
もちろん、ジャパンハンドラーたちは既得権益を守れて喜んでいる。しかし、米国とは彼らのことだけではない。たとえば、沖縄県民のほとんどが反対する基地問題は、草の根運動を大事にするアメリカの主義に合うとは思えません。私は、米国内部では深刻に考えていると推測します。そういう人たちが、ケネディ大使に『ちゃんと報告しろ』と。大物の元外交官のチャス・フリーマンは、アメリカ外交を痛烈に批判しています。
日本から見ると、アメリカの要求しか目に入って来ないが、アメリカにとって、日本は世界の中の一国にすぎない。アメリカは、中国とうまくやることが一番重要なんです。貿易は日本の2.5倍。米国債の購入も一番だ。G20で楼継偉中国財政部長が、『中国は今のグローバル経済の3割を下支えする』と発言しています」
デタラメ記事ばかり!? 大手マスコミ特派員、中国問題評論家、ジャーナリストらがこぞって煽る「北戴河会議における権力闘争」など存在しない!?
岩上「『百鬼夜行・大混乱の中国像』に移ります。今、『衰退する中国』というイメージを作りだして、煽る本が売れている。反中か嫌韓本が多いですね」
矢吹「中国関係の本はたくさん出版されているが、ほとんどが脅威論か崩壊論。まともな本は1冊もありません。中国の分裂も崩壊も的外れです。2012年秋の習近平の就任から3年、彼の権力は堅固になった。2009年の建国60年の時には、江沢民と胡錦濤2人の声明が報道されたが、今年、9月3日の軍事パレードでは習近平ひとり。これは彼の権力が確立したことを意味しているが、日本のマスコミは、そういうことを正しく報道しません」
岩上「先生は、日本版デタラメ評論の見分け方として、『江沢民派の逆襲が起きている。なぜと語る者は、すでに江沢民派が封じ込められていることに無知だ』とおっしゃいますが、どういうことでしょうか?」
矢吹「キーワードは『北戴河会議』です。習近平がトップになって3年経つが、これまで一度も、北戴河会議が開催されていないんです。北戴河会議は、毎夏に避暑地に長老たちが集まり、人事などを調整する非公式会議です。だが、ここから腐敗の構造が生まれるとして、習近平は江沢民一派だった徐才厚(政治トップ)、郭伯雄(軍トップ)、その手下も片っ端から処分した。これを『虎退治』と言います。
私は習近平を『プチ毛沢東』と呼びます。彼は、もう長老の話は聞かないんです。だから、北戴河会議を持ち出して、中国で、さも権力闘争があるように書くメディアは大ウソです。今年も、8月初めに朝日新聞の林望記者がそういうことを書いた。日経も同様の記事を8月末に掲載しました。でも、もう3年、そんな会議は開かれていないんです。『現代ビジネス』でも近藤大介氏が適当な記事を書いています。元産経新聞の福島香織氏(*)も」
(*)「週刊現代」副編集長の近藤大介氏は、「毎年8月上旬に開かれている中国共産党の重要会議「北戴河会議」を中心に、感じたところを述べたい」として、下記に記事を掲載している。
「天津の大爆発は江沢民派の反撃か!? ―習近平vs江沢民の仁義なき戦い、いよいよ最終局面へ」 近藤大介現代ビジネス、2015年08月17日(月)
元産経新聞記者でフリージャーナリストである福島香織氏は、「天津大爆発事件で、李克強首相が8月16日まで現地入りできなかったのは北戴河会議に参加していたからだと見られている」として、日経ビジネスオンラインに出稿している。
北戴河で何が話し合われたのか――江沢民排除、習近平の「下剋上」は成ったか? 福島香織日経ビジネスONLINE、2015年8月26日(水)記事削除
岩上「日経新聞は中沢克二編集委員の『始まった「ポスト習」争い 北戴河会議にぶつけた論文』という記事を載せています。ググったらたくさんありますよ。大手マスコミは、北戴河での権力闘争を煽る記事ばかりです 。全部デタラメなんですが!?」
矢吹「だから、何も取材してないんです。安倍政権が中国とケンカを始めてから、日本ではまともな記事が載らない。すべてデタラメです。日本には、そういう記事しかない。私はちゃんと調べて確認しています」
岩上「日本では『中国の脅威』を大前提に、先制攻撃か9条での専守防衛かで国論が割れているというのに、議論の前提となる報道がデタラメだとは……。確かに『中国の脅威』については、日本の大手メディアはほぼ横並びです。矢吹先生に『虚偽評論を読んで憂さ晴らし。民主主義社会を葬る無責任な市民』と指摘されても、われわれ国民には正しい情報が伝わりません」
矢吹「8月15日、中国のメディアは、『今年の7月20日と30日に、北京で政治局の会議を開催、13次5ヵ年計画、五中全会、経済対策、虎退治など、当面の課題は討論済みだ。今さら北戴河会議が必要なのか』と書いています。江沢民の長男、江綿恒(科学院副院長・携帯業界の帝王)は公職から引退。王宗南(江沢民の金庫番)は逮捕。江沢民人脈の大物はすべて調査中。単なる汚職犯とは区別した。これは習近平による虎退治であり、権力に挑むものを潰すのです。習近平は、腐敗の根になる長老政治はやめようと、政治生命を懸けている」
岩上「それで『江沢民派の逆襲を語るのは、すでに封じ込まれたことに無知』だと。1日500人の逮捕はやりすぎで、批判はあってしかるべきかもしれないが、2大派閥の闘争などはウソだった。事実ならば、ビックリします。ほとんどの中国情報はウソだということなんですから」
バブル以降、成長できずに中国に嫉妬している日本人の心情にフィットする、「気休め」のための中国評論
矢吹「気休めなんです。日本はバブル以降、まったく成長できず、中国に追い越されて嫉妬しているんです。中国報道は特に酷い。安倍首相が中国を敵視するので、ネガティブ面だけを誇張して、政治と結びつけているだけ。真実を分析しないのがいけない。中国にも、天皇の謝罪を要求したり、沖縄は中国領だと言う反日強硬派が、ほんの一部いる。ただ、安倍政権の対応や、日本のマスコミのデタラメ記事を目にしていると、中国人も、『こっちも言いたいことがある』とだんだんエスカレートしていくんです。
中国が、9月3日の軍事パレードで日本に示したのは、『今度、戦争をやったら絶対勝つ』という力の誇示です。平和記念という説明は外交辞令。中国の軍事力はアメリカもかなわないくらい。和戦二段構え、ということなのです。
もし、安倍首相が中国封じ込めをするなら、受けて戦いますよ、というサインです。日中戦争は繰り返したくないのに、なぜ、日本は反省してくれないのか、ということなんです。安倍談話もデタラメで、きちんと反省したのは村山富市元総理でしょう」
中国版ネトウヨが「尖閣、沖縄奪取」で対日反感を盛り上げる
岩上「尖閣も軍事力で奪取する、という恫喝も繰り返されている。『尖閣で一歩譲れば、次は沖縄を取られる』とのデマが日本国内で広められているが、その根拠のひとつは人民網の無責任ブログだと。そこに、そのデマが書いてあるんですね」
※この記事はIWJウェブサイトにも掲載しています。
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