彼女が始める小さくて大きな旅【イワシとわたし 物語vol.9】
地元に戻った彼女は、今日も阿久根の街を歩く。
阿久根駅を出れば港が見える。
その間をいかり型の青い街灯がまるで道しるべのように連なっている。
彼女のお気に入りの場所だ。
当たり前だと思っていたものは、外を向けばちっとも当たり前じゃなくて、けれど、また内を向けばそこには当たり前として佇んでいる。
それでも、今の彼女にはその当たり前がキラキラと輝いて見える。
こんなに近くにあったのに、全く気付かなかったコトが至る所に散らばっている。
でも、まだまだ気づいていない人たちはたくさんいる。
今も下を向いたまま通り過ぎていっている。
ほんの少し前の彼女と同じように。
静かにずっとそこにあったモノも、何気なく佇むその姿に胸がきゅうっと締め付けられる。
この街のコトをもっと知ってほしい。気づいてほしい。
この街のコトを伝えたい。広めたい。
一歩、もう一歩と歩くたび、彼女の想いは強く大きくなっていく。
――だけど、ちっぽけな私にできるのだろうか。
伝えたい、けど、不安もあるし、自信もない。
大きな影響力を持ったインフルエンサーでもなければ、この街の長でもない。
この街に戻ってきたばかりの平凡な一住民。
手元の瓶――旅する焼エビを包む手に力が入る。
買った先の店員さんが「阿久根の美味しさが詰まっている」と教えてくれた。
当たり前を宝物に変えてくれた。
自信はやっぱりないし、不安に胸の辺りはぞわぞわと落ち着きがない。
――だけど、後悔はしたくない。
小さくていい。ちっぽけな私にできること。
彼女はまた一歩踏み出す。
手元の同志と新しい旅に出る。
model:松田 和美
撮影:こじょうかえで Instagram(@maple_014_official)
衣装:LIZE Instagram(@0811lize)
撮影地:阿久根の街
文章:橋口毬花 (下園薩男商店)
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