私、NOTEやっています【第1話】
ただ思いつきのまま不定期更新する「NOTEやってる人」が主人公の日常系ふつうの人小説です。
ジャンル説明・あらすじ。
第1話「コーヒー、苦い」
「せっかくNOTEにアカウント作ってるんだからさ。さゆみも何か更新すればいいのに」
かなめは少し拗ねたような口調で言って、黒いプラストローでアイスミルクティを掻き回す。グルグルと手を回すたびにカラカラと氷の音が響き渡った。
「もったいないよ、さゆみも何か書きなよ」
駅の中にある喫茶店。喧騒は遠くわずかに店内に響いているけれど、店内は比較的静かだ。会話を邪魔しない程度の音量のジャズ系の音楽。それよりも上書きする形で響く、ガラスと氷の擦れ合う涼やかさ。
その涼やかさがすでに「かなめらしいな」と感じる。モードめなカッコいい服が似合うキャラデザと冴えた口調とが相まって。この子は「表現する子」だな、それが本当に似合うな、って。
私自身が何かを強く表現したいという欲求がないのとは逆で、かなめは出会った中学生のころからずっと「このパッションを表現せずにはいられない!」という子だ。
写真を撮ったり、絵や小説を書いたり、それを発表するネット上やリアルのイベントにも参加したり。すごいバイタリティーだな、と思いながらも、私はいつも一歩引いて応援と手伝いばかりしていた。
それらの活動を、かなめが同じ熱量で私と一緒にやりたがっていることは、何となく分かっていた。何度も誘われた。けれど、私がその誘いに乗ることはなかった。
だって、そんなふうに「表現したいこと」なんて、私には何も思い付かないから。そういうことをやるのは「特別な人」のはずだから。
「うーん、でもさ。何にも思い付かないから。だったら、表現したいことなんて私の中にはないんだよ~」
私は笑い顔を作って答える。困ったな、って思いながら。次の展開をうっすら予測して。
「あるよ。何にもないなんて、ないよ」
案の定、かなめの「拗ね」は「不機嫌」に片寄る。私が「ない」と口走った上にヘラヘラと笑ったのが気に触ったらしい。
「だって、さゆみが言うこともやることも、私は友だちとしてすごく心地いいもん。それは『何か人に影響をもたらすものがある』からでしょ?」
かなめは私の中に「何かある」と思っているらしくて、けれども私自身は何も思い当たらなくて、期待と焦燥のようなものだけが毎度大波のごとく寄せられるのだった。
焦燥。かなめは焦っているらしい。期待は、分からんでもない。でも、焦燥?何で?
「私は友だちとして、さゆみが考えてることをもっと知りたいし、周囲にもいい子なんだって知って欲しいし、推したいんだよ」
こんなふうに、かなめは本当に裏がないストレートな言い方をする。毎度こっちがドギマギしてしまう。その熱量に。
ストレートな物言いだからこそ、それが私には分からないという事実に「実はかなりバカなんではない?私って」と思うわけで、そんなバカな私に何があるというのか。
「それに、もし、私が私のやりたい放題に自分の表現したせいで『かなめみたいにやれないから』って考えたせいで、さゆみの表現が抑圧されてるんだったら、めちゃくちゃつらい」
自分のせいかも、とかなめは重く感じているらしかった。「私が今後も引き続き表現しないこと」をひどく恐れているような言い方でもあった。何でか。私には「何をそこまで思い詰めることがあるの、この子は?」でしかない。
だって……現に本当に、私が思い付くことなんて何もないのに。
「ねぇ、1度でいいから、ちゃんと表現してみてほしい。一生のお願い。NOTEの記事、書いてみてよ。何でもいいから」
今にも声を上げて泣き出してしまうんじゃないか、という様子のかなめ。尋常ではない精神状態にも見えて、もはや私は頷くしかなくなる。
「……分かった、じゃあ書いてみるよ。何か」
さすがに成人した女子をこんな公共の場で泣かす趣味はない。何もないって分かれば、この子ももうこういうことは言ってこなくなるだろうし…。
なだめるつもりで呟くと、涙がにじみかけていたかなめの瞳がキラキラと輝いた。
その場しのぎ、厄介払い的な判断だというのに彼女は思いの外嬉しそうにしていて、その「謎の期待」が、私には異様に重い。
ああ、だからこそ、私は「表現」には手を出したくなかったんだろうな──。私は何となく、察し始めていた。
口をつけたコーヒーが、さっきまでは何とも感じなかったはずなのに妙に苦く思えて、入れるつもりはなかった砂糖とミルクをあえて多めに足すことになってしまった。……胃が重い。
※第2話目以降はこちらから↓
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