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森の中のお母さんとわたし。


私の住む地域はよくある住宅街で、最寄りの駅が近くなるごとに公団住宅の数が増えていく。
エリアごとに作りが異なる公団住宅はバリエーション豊かで、見事に緑と共存していた。ここは昔は本当に森だったのだろうと容易に想像できるほど、立派な木がたくさん生い茂っていて、それは子供にとっては鬱蒼とした雰囲気が少し怖くもあった。それでもあの小さくミニマムな間取りと、近所にたくさんの同年代の友達が住む構造が、わたしににとっては大変魅力的で憧れだった。

その鬱蒼とした森の中に、まるで森のくまさんが住んでいるような「こども図書館」がちょこっと建っていて、母は赤い自転車の後ろにわたしを乗せてよくそこへ連れて行ってくれた。名前の通り、こども専用の絵本を中心に取り揃えられているその図書館は、扉も柱も木をそのまま生かしていて、うさぎさんの作った”どうぞのいす”のような椅子が所々に置かれていた。

こども図書館へ行く前か後に、駅前にあったテキスタイル屋さんへいくのがお決まりのコースだったように思う。おもちゃを小さくしたようなボタンや宝石のようなボタンが、小さく区切られた箱にびっしり詰めたれていて胸が踊った。様々な種類の紐や柄の乗った生地が店内に所狭しと並べられていて、高鳴る胸が毎回忙しくて大変だった。
母はここで、園や小学校で必要な袋という袋たちの生地を買っていたのだろうと思う。

大人になってから、実家で眠っているジェニーちゃんの洋服たちのを見つけてひどく感心したことを覚えている。生地の柄は小さく上品で、デザインパターンは程よくクラシック。行き過ぎない少女らしさが時代を感じさせず、こんな服あったら着たい。とまで思わせるほどに驚くほどセンスが良い。そのセンスは、母のタンスの中に眠る、もう着なくなった若かりし頃の母の洋服やアクセサリーたちと一緒で、わたしは母のタンスの中の洋服が早く着られるようになりたいとずっと思っていた。

母はあの頃、楽しかっただろうか?
嬉しかっただろうか?
森のくまさんはなぜ、あの子に逃げるように促したのだろうか?

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