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現代家族エラーシグナル・バランス装置。


この家にコミュニケーションがないのは、わたしだけのせいじゃない。

母からのわたしに対しての扱いを、父も、兄も、弟も、知らないはずはなかった。
知らないわけなかったのに、どうすることもできなかったのか、どうしようとも思わなかったのか、どう思っていたかも実際のところよくわからない。
いや、よくわかっていないのは、わたしだけかもしれない。みんな母には気を使っていた。彼らから見ても、わたしは不良だったのだろうか?
理由がよくわからないまま、問題の対象になっている。
父と母はきっとよくわたしのことを話題にしていたことは肌感覚でわかっていたけれど、わたしも交えて一緒に話し合うことはただの一度もなかった。不良?問題児?本当に?いつからそうなった?

カラオケへ行くから?映画へ行くから?欲しいものがおしゃれするものだから?お化粧に興味を持つから?何も喋らないから?それとも嘘をつくから?

それは、わたしが世界で一番父と母が嫌いだったことを彼らは知っていたから。
それは、もっと根本にある”問題”と向かい合わないようにするための代わりの問題。
それは、ストレスそのものに見せかけた別のストレスの吐け口。
それは、現代家族の無理なあり方に対するシグナルでバランス装置。
それは、自己嫌悪の連鎖。
それは、わたしが体験してみたかったこと。


家に女は一人でいい。
わたしはいない方がいい。
世界にわたしは一人きり。

もう、そう思う子がこれ以上増えて欲しくないと思う。
あの時植えつけた(られた)潜在意識を拭うのは本当に大変な作業だから。
1984年、わたしは東京に生まれて、2020年、日本はまだここを歩いている。

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