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たりない2人

放課後、夏の暑さが過ぎ少し肌寒い。だんだんと日が落ちていく時間が早くなっていく。
あぁ寒い寒い。美術部の部活の帰り、ポケットに両手をっつこみながら家路を歩いていた。もうすぐコンクールがあるためいつもより長めの部活動だった。日没が早いから家に持ち帰ってやってもいいのだが、僕は美術室で描いている時間が好きだから遅くまで残ってやっていた。ほかの部員は僕が作業をしている間にすでに帰っていたみたいだ。
没頭しすぎて気づかなかった。

田舎にある学校に通っているため、帰り道に買い食いができるコンビニやスーパーの類はない。今も道路が田んぼに挟まれた道を歩いていた。
住宅地に入るまでもうちょっとかかる。この時期は小さい虫が柱のように集まって道の邪魔をしている。光によって来るからスマホを歩き見している時は注意しないといけない。
ぼとぼとと歩いていると突然、「おーい!まことー!」後ろから聞き慣れた声がした。
ちょっと振り返るのをめんどくさがったため、数秒遅れて反応した。
「なんだ、千夏じゃん。遅いね、今帰り?」
この時間に会うなんて珍しい。千夏とは小学校から知っていて、家が近いため帰る時間が合えばよく一緒に帰っていた。
「ちょっとバンドの練習の後、みんなでカラオケに行っててその帰り~」
「そっか、もうそろそろ文化祭があるもんな。今年も出るんだ。」
「そうそう!今年で最後だからねー。最後だから無理やり私の好きな曲を一曲やるようにしてもらったから頑張らないと!」
「へぇーなんて曲?」別に興味はなかったけどとりあえず聞いてみることにした。
「チャットモンチーの橙って曲!知らないでしょ、まことは。」
聞いてみたけどやっぱり分からなかった。昔から音楽の趣味はあったことがない。
「そうだね。聞いたことないね。今度聴いてみるよ。」
「ライブまでにしっかり予習しといてね!」

少し歩いたところに自動販売機があった。この辺はお店がないから道端のオアシスである。
ちょっと寒いからあったかいものでも飲んでいこう。
コンポタージュにココア、コーヒー。すでにあたたかいドリンクの欄は充実していた。いつも季節の変わり目を自動販売機の品ぞろえで感じてしまう。
「ねぇ、何飲む?」
「ん~ほっとレモンにしようかな。喉にもよさそうだし。まことは?」
そうだな、僕は何にしよう。同じものにするとツッコまれそうだからやめておこう。いつも飲んでいるおしるこがまだ置いてないや。
自動販売機からおしるこがクビにならないように毎回買ってあげてるんだ。
今年もどうかお願いします。なむなむ。
次に甘そうなココアでいいや。
「ココアにしようかな。」
出てきたココアをシャカシャカと振る。中で甘さが均一になるように念入りに振っておく。ちょっと、バーテンダーみたいにアクセントを加えながらシャカシャカ。
大人になったらバーテンダーになってみるのも良さそうだ。なんかかっこよさそうだし、無言でシャカシャカやってるだけでいいなら僕でも出来るかも。「あちらのお客様から・・・」とか言ってみたいな。なんて

「まことは、まだ絵描いてるの?」
「一応、美術部員だしね、それにコンクールも近いし。」
「へぇ~頑張ってるんだ。ねぇ、まことは紙に一つ家を描けって言われたらどう描くー?」
「なにそれ、急に。心理クイズ?」
「いいから、いいから」
「えー、四角い壁に三角の屋根にえんとつとか付いた家を描くかな」
とっさに、サザエさんのエンディングで見たような家が思いついた。
日本ではえんとつ付きの家なんてめったに見ないのに家といわれると勝手に想像しちゃう。
「へぇ~。えんとつを描く人って、人にいいように見せたくて見栄っ張りな人らしいよ。
今日ね、カラオケの時にみんなでやってみたの!なんかみんなえんとつ描いてる子が多かったな。」
「三角の屋根に四角い壁を描くのは同じだったけど、私だけ、えんとつじゃなくて大きな窓を描いてたよ。窓を描く人は、ありのままの自分を見てほしい人とか言ってたな。」
「みんな自分を飾ってばっかりで何なんだろうね。みんな一年前に戻ってもっと勉強してればーとか。もっとちゃんと練習してればとか言い訳とか後悔ばっかりで。結局、ずっと頑張ってきた私がばかみたい…。」

「何か、あったの?」
「ん…バンドの練習でちょっとね。新しい曲を3曲やる予定だったんだけど、難しくてできそうにないから去年やった曲を2曲入れ替えてやることになったの。
新しい曲をやることになってて、みんな各々で自主練して出来るようにしておくことになってたの。受験だったりみんな予定があったりしてなかなか部活に集まれないから。
みんな離れているから、進捗とかlineで教えあって、大丈夫、大丈夫って言ってたのに、今日久しぶりに集まって合わせてみたけど全然出来てなくて…」
「結局、ちゃんと練習してたのは私だけだったみたい、みんなでやろうって約束してたのに。忙しくてあんまり練習できてなかったって…。
ふぅ…私、一生懸命練習していたのに。」
「でも、私はその場でみんなに言えなかった。やるって約束してたじゃん!って。なんでだろう。ちょっとは分かってたのかな、みんなはそんなにやる気じゃないかもって、心の内ではみんなのことを信じ切ってなかった自分のことが嫌になって…。」

「千夏…。」
ぼくは、かける言葉を手探りで探しながら楔を打つように名前を呼んだ。
何かを言わないと、どこか遠くに行ってしまいそうで。
頭の中で言葉を探した。こういう時は何を言ったらいいのだろう。
ココアで得た糖分よここで働いてくれ。
「あっ…私、家こっちだから。今日はなんかごめんね!また時間が合えばまた一緒に帰ろう。」

「あ…うん。また」
いつもは長く感じた帰り道が今日はなんだか短く感じた。結局、自分は何も言えなかった。頭に思いついた言葉をそのまま言ってしまえばよかったのだろうか。千夏の思いは考えずありのままの言葉を。

明日も遅くまで部活に出ようかな。そしたらまた帰り道で逢えるだろうか。
ぼくは、飲み切ったココアの缶に長い息を吐いて、ぐっと握りつぶそうとしたが硬くて潰せなかった…。

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