【FM店主日記Day90】やがて哀しき10秒将棋
趣味は?と聞かれることもあまりないのだけれど、強いて言えば将棋が趣味である。
かつては将棋道場に通ったり、トーナメント戦など大会に参加したりもしていた。某SONYの仕事を一時期していた関係で、社員でもないのに将棋部に潜入し、内部情報を集めてライバル社に高く売ろうと試みたこともあったが、将棋部で交わされる会話に業務関連のことはほとんど、というか全くなく、しかも部員のほとんどはすでに退職されている方々であったが故、将棋のことよりも主にOB部員の皆様の健康管理についてであり、この計画はすぐさま頓挫したが代わりに健康についての知見を得ることができた。あるいはスパイだと言うことが読まれていたのかもしれない。そこまでは読み切れなかった。その結果、将棋の棋力は上がらなかったが、チームに所属することで社団戦と呼ばれる個人では参加することができない団体戦に某SONYの人みたいな顔をして参戦することができた。これが合コンだったらモテたかもしれない。
将棋とはつまり性格の悪さを競い合うスポーツなので対面で指す方が勝っている時に悔しがる、あるいは、悶え苦しむ相手の姿が黙視確認できる喜びがあり、その方が断然面白いのだが、普段は将棋ウォーズというアプリを使って指すことがほとんどだ。かれこれ10年以上使っている。なんならこのアプリを世に送り出したHEROZの林社長を取材したことだってある。
このアプリでは、持ち時間が3通り用意されており、10分、3分、一手10秒から好きなものを選ぶことができる。とは言え、切れ負け制なので、持ち時間を使い切ると終わりである。自動的に負けになってしまうのだ。将棋はなかなか難解なスポーツなので、10分の考慮時間というのはあっという間に過ぎてしまう。とてもそれは十分な時間とは言えないのであるが、自分が考えている場合は短いが、相手が考えている時間は永遠のように長い。そう考えるとネット対戦はそのくらいが限界であり、3分となるともはやボクシングさながら無考えに反射神経だけを頼りに高速で殴り合っているようなものだ。
なのでもっぱら10分の持ち時間の長めの対局を楽しんでいるのだけれど、趣味だから楽しいというのはなかなか語弊があって楽しみとしてやっているはずなのに理不尽な負け方をしたり、不甲斐ない戦い方をしてしまった時はむしろむしゃくしゃして悔しい気持ちで満たされるのであり、趣味によってストレスを溜め、寿命を自ら縮めているようなものである。かと言って攻撃が奇跡的にうまく行ってボロ勝ちしてしまうと物足りないわけなので人というのは本当に身勝手な生き物なのである。
まあ、そうなると、それだけ大風呂敷を広げて俺は強いみたいな話をした後に、んで、棋力はいかほど、という世にも恐ろしい質問が飛んでくるのだが、長年やっている割には全然大したことがなく、日本将棋連盟からは万年二段という屈辱的な待遇を受けているのである。二段以上を目指すとなるとどうしても将棋により真剣に取り組む必要があり、朝晩のランニングに加えて、神社の階段をウサギ跳びで二往復、そのあとは素振りを100回、腕立て伏せと腹筋をした後に朝ごはんに白飯を最低どんぶりで三杯、と過酷なトレーニングが不可欠なのであるが、それを怠っているが故になかなか昇段できないでおり、万年二段というポジションを甘んじて受け入れているのだ。二段がどのくらい強いのかと言うと、初段よりは強いが三段よりは弱いのであり、初段から見れば結構強い人、三段から見れば飛んで火にいる夏の雑魚なのである。ちなみに、プロとは棋力の差がめちゃくちゃあり、アマチュアの三段レベルというのはプロ養成リーグである奨励会で言うところの、5級か6級くらいであり、プロレベルの視点から見ると、あー、駒の動かし方とルールを一通り知ってるんだね!すごいね!というレベルであり、まるでお話にならない。例えて言うと、柔道100キロ以上級の金メダリストに、近所では歳の割に体が大きいと評判のチューリップ組のレン君(年中組、4歳8ヶ月)が戦いを挑むようなモノである。
万年二段とはいえ、向上心が人一倍強い私のことである。やはりもっと強くなりたいと思いながらも具体的に何かするわけではない、といういつものアプローチ方法を日々激しく実践していた。しかし、先日、正確に言うと三日ほど前に思いついたのだ。
思えば、3分対局もかつてはよく指していたが、頭の回転が間に合わなすぎるので最近はあまり指していない。ことさら10秒将棋に至っては秒読みをされる危機感が心臓に悪いと感じこれまでほとんど指してこなかった。要するに秒読みが苦手すぎてやりたくなかったのだ。
しかし、私は考えた。苦手、ということは、なるほど、ひょっとしたらここに自分の弱みがあるのではないかと、思い始めたのだ。つまり10秒将棋を指すことで心臓を鍛え直し、強靭な雑魚となるべく邁進してみようじゃないかと思い立ったのだ。
思い立ったがラッキーデーである。それから私は寝る間も惜しんで10秒将棋を指しまくったのだ。最初は苦手意識故に負けまくり、格下の相手にフルボッコにされるという屈辱を何度も味わった。そして思考に溺れるあまり時間切れで負けるという悔しさも嫌と言うほど味わった。
数日前はまだ22級くらいだったのだが、勝つ度に華麗なる昇級を決め、一昨日までになんと初段まで一気に上り詰めた。高校球児も驚嘆するほどの血と汗と涙の結晶である。そして先ほど寝起きの対局として軽く3局ほど戦い、見事に二段への昇段を決めたのだった。この10秒将棋という過酷すぎるバトルフィールドにおいても私は日本将棋連盟から二段の棋力があると認められたのだ。つまり、初段よりはちょっとマシだが、三段から見ると所詮は雑魚である、という私と言う存在が二段への昇段を記念してこのnoteを書いているのだ。
フェルマータ店主 KAORU