『線でマンガを読む』植芝理一
奇怪な事件が起こっている。とある女学校にて、数ヶ月のあいだに中等部の24人もの生徒が妊娠したのだ。学校は性的モラルの乱れとしてその生徒たちを停学処分にしたが、検査の結果、生徒たちは本当に妊娠していたわけではなかった。病院は彼女たち全員を、なんらかの精神的な抑圧で、身体が妊娠したときと同じ様子になる、「想像妊娠」だと推定するが、原因は分からない。
『夢使い』というマンガを、ざっくりと説明するならば、京極夏彦の影響を色濃く受けた伝奇ミステリに、萌えマンガの要素をつけたした作品、とでも言えるだろうか。遡れば江戸川乱歩、ディクスン・カーの系譜だ。片や思春期の少女の性にまつわる事件をとりあげたものとしては、『ピクニックatハンギング・ロック』『ヴァージン・スーサイズ』などの影響も感じられる。しかし、このマンガの作者、植芝理一は地道に人類学、民俗学の資料を集めたとみえて、ただの二番煎じには終わっていない。
物語の謎を追うのは、「遊部(あそびべ)」と呼ばれる古代の呪術師の末裔「夢使い」たちである。そのなかでも、主役級の活躍をするのが三島塔子、燐子の姉妹。
『夢使い』① 植芝理一(講談社)第4話 扉絵
この不思議な事件を探るうち、想像妊娠をした24人の女生徒は、2年前、初等部の同じクラスに所属していたことが分かる。そして、そのクラスには、猟奇殺人事件の被害にあった少女、見上漾子(みかみ ようこ)がいた。
『夢使い』① 植芝理一(講談社)第1話
2年前、漾子は何者かに惨殺され、その首だけが発見されたのだ。そして、現在において女生徒たちがつぎつぎと想像妊娠しているのも、漾子と関係があるという。女生徒のひとりは、漾子がじつはまだ生きていて、かつてのクラスメイトを呼び寄せて、妊娠させているのだと証言する。
ここだけ聞くと重苦しい話だが、人物たちのノリは軽く、すいすいとストーリーが進んでいく。しかしながら、このマンガ、読むのにものすごく時間がかかる。上で紹介したコマを見ても分かるが、コマの背景の描き込みが半端じゃないのだ。
作者の植芝はかなりのオタク気質をもった人であるらしく、特撮や各種アニメ、YMOやアイドルグッズ、レトロおもちゃを、とにかく描き込みまくる。細いサインペンのような画材で描かれた、線の量に圧倒される。私もオタクなのだが、こういう描き込みにいちいち目を奪われているので、まったくページが進まない、という次第。
なにか学生時代のオタク友達が、授業中にノートに描いたオタク的想像力にあふれたラクガキを見せてくれているような、そんな趣がある。なんというか、作者の植芝とは会ったことはないが、この背景のガジェットをひと目見ただけで、「私と同じタイプの人種だなあ」という感覚が湧き上がってくる。
『夢使い』① 植芝理一(講談社)第1話
このマンガ作品が特殊なのは、本編の伝奇ミステリの世界とは別に、本来は物語の影であるはずの背景画が、それじたいで一個の世界観を形作るまでに膨張していることだ。メインの絵と同じくらい、いやもしかしたらそれ以上に時間をかけて背景のガジェットの世界が描かれている。ガウディのサグラダ・ファミリアのような偏執的スピリットも匂ってくる。
この過剰さ、密度が、私は大好きだ。ページをめくるたびに、作者の大好きなもので埋め尽くされた世界が広がっている。こういうのが好きなんだ!という、どうにも抑えきれない熱がほとばしっている。
背景のことにばかり触れているが、本編にも独特の妖しく魅力的な造形が再参登場する。このマニアックな熱量。ぜひページを開いて感じてほしい。
『夢使い』① 植芝理一(講談社)第3話
※本コラム中の図版は著作権法第三十二条第一項によって認められた範囲での引用である。