遠ざかる喧騒
その昔、矛盾だらけの辻褄の合わない文章を書く人がいて、その人の作り出す独特の言葉の世界にうっとりとなっていた時期があった。溺れるようにどっぷりと浸かっていた。夢の中にいるような感じと言えばいいのか。それが詩というものなのだろうけど、技法がどうだとか関係なくただどうしようもなく惹かれた。
意図せずメランコリーやセンチメンタルを引き寄せてしまって苦しんだこともあった。
今もいくらかそういう類いのどことなく神秘的で不思議な文章に出会うと、くいっと引き込まれてしまうけれど、平易でわかりやすい言葉だけでまっすぐに自分を表現しようとする人にも憧れる。
特に不特定多数の人に語りかけるようなものではなく、ただ単純に心の中を整理することを主な目的として書かれた一人語りが好きだ。多くの人に伝わらなくてもいいやと思いながら書くその自由さがいいのだろう。
本人は伝わる人にだけ伝わればいいと思っていても、その明晰さが際立ち、結果知らずに少なからずの人の心を集めてしまうような、そんな文章に憧れる。そんな文章に触れた後は、いくらか視界が明るく開けることもあった。自分を知る手助けにもなってくれた。
前より心がざわざわしなくなったのは、年を重ねて強くなったのではなく、自分がわかってきたからだと思う。心が騒がしくなるようなものに近づくのをためらうようになった。雑音だらけの世界で、自分を知るための冒険は終わったのかもしれない。
わかっていれば笑っていられる。
今は聞きたい音だけが聞こえる。心は静かだ。