フェンネルのゆううつ

≪羽根魚≫とフェンネルのゆううつ

おれたちは遠くに見える【島】の見張りをしている。
住人どもには『釣り人』といわれるほうが多いが、
それは主にしている仕事のおまけのようなものだ。

あの【島】に在る街は、ときおり光を帯びて輝き
やがてそれらが
≪羽根魚≫という形になって、
街から空に舞い上がる。

大群になることもあれば、 1匹だけ空を泳いでいることもある。

放っておくと≪羽根魚≫ は街へ戻り、数を増やして再び空へ舞い上がる。
それを繰り返していくと街に大きな影が落ち、暗く、黒くなっていく。

おれたちはそれが気に入らなかった。

だから
おれたちはこの魚どもを釣り上げることにした。

おれたちはこの≪羽根魚≫を、
ジャッカロープ(この世界のあちこちに出没する、飯屋の名前だ)の
ディルとローレルに託した。

≪羽根魚≫は曖昧で微妙な色あいを持っている。
一色だけという魚はほとんどみかけたことがない。
それもそうだ。
……一つの色に分けられるはずがないんだから。
≪心≫にたまっていく、ひどく絡まった思いというものは。

それを、ジャッカロープの連中はうまい具合に使えるようにしたらしい。

赤い魚の部分は辛いが、元気になる。
あまり食べると舌やあたまが痛くなるから、
度を越して食べないようにさせていた。

青い部分は塩気が強いようだ。
ただし食べ過ぎると涙が止まらなくなるらしい。

銀色の部分はなぜか甘い。
なかの構造も違うようで、少し時間を置くと、
硬くなるがぽきりと折れる。

黄色みの多い部分は、酒を飲んだかのように
いつの間にかふらふらと酔っ払う。

緑色を含んだ部分は苦味があった。
だけど、何とも言えない風味があとを引き、
いいオイルといっしょに使うとなかなかの一皿になるという。

*****

おれたちはあの街から≪羽根魚≫がたくさん泳いでくるのを
好ましいと思わなかった。

住人は喜ぶけれど、≪羽根魚≫のもとになっているものは、
きっとおれたちの嫌いなものからうまれてきているから。

おれたちが傍にいられなかった、たえられなかったもの

やりどころのない思い
目をそらしたもの
じぶんには不似合いな”しあわせ”

そんな風にめんどうだ、と思って捨ててきたものたちのかけら。

それでも、
おれたちが、遠くからなら大事にできると思ったもの。
ここからならば、 おれたちはあの街の存在を大切に思える。

≪羽根魚≫は、あの街に蓄積されて溢れでた思いの断片が
かたちを得たもの。
いいもわるいも、ない交ぜになってでてくる。

…願わくば。
あの街から≪羽根魚≫が生まれなければいい。
近くに来られると、逃げたくなるから。

でもかたちを成せずに街にわだかまると、
あの街はどす黒く影をまとう。

だから少しでもかたちになって
「澱」をはきだせるなら、
それはそれでいいと思っている。

ゆううつになるのは、
もはやあきらめた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?