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麺ジャラスKは大変ジャラスK! --「してはいけない」逆説ビジネス学 川田利明

私は一時期小規模ですが外食チェーンの本部で働いていたことがあります。なのでそれなりに外食の難しさを知っているつもりです。店舗を経営するのにどれくらいのコストがかかって、どんなふうに利益を積み上げて、その結果どれくらいで採算がとれるのか。当たり前ですけど外食の利益って本当に1食で得られる小さな利ざやの積み上げなんです。ですから私には想像がつきます、個人で飲食店を10年続けることがどれほど大変か。

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私にとって全日本プロレスの川田利明は特別な選手です。観戦して泣くほど感動したのは一回や二回ではありません。特に92年の年間最高試合を獲得したハンセンとの三冠ヘビー級選手権は忘れられません。パワーでも体格でも圧倒的に劣る川田が真正面からハンセンに挑んで行く姿は今でも鮮明に瞼の奥深く刻まれています。三沢、田上、小橋らと築き上げた全日本プロレスの黄金期には何度となく揺れる武道館(比喩ではなく、興奮したファンが床を踏み鳴らすために実際に揺れるんです!)で興奮の時をすごさせて貰いました。

その敬愛するプロレスラー川田利明がラーメン屋を開くと聞いたときには、嫌な予感しかしませんでした。私は以前同じくプロレスラー永源遙が経営する「永源ラーメン」に足を運んだことがありますが、不味いラーメン、やる気の感じられない接客、不潔な店内、そして本人はいない、と褒めるところがひとつもない酷い店でした。今思えば典型的な名前貸しの店だったのだと思います。

ところが蓋を開けてみれば店主の川田さんはちゃんと自分でラーメンを作ってるし、ラーメンの評判もいい。気がつけば自分の外食時代の経験ではとても不利な条件だと思われた場所でも淡々と営業を続けている。元々川田利明という人は要所要所でわざわざとんでもない試練の道を選択する人だけど、一方でいつも粘り強く取り組んでいつの間にか克服してしまう人という印象もあったので、きっとラーメン屋もなんだかんだで器用にこなしてしまうんだなあ、大したものだなあと遠巻きにですが感心していました。

ですが先ごろ出版されたこの本を読むと、まあやはりというか、苦労したんですねえ、当たり前ですが。

昨年AbemaTVの「偉大なる創業者バカ一代」という番組に川田さんがゲスト出演された回を見て、普通に店舗経営者の頭になっていて驚きました。これはその時の私のツイートです。

でもこの本を読んで納得しました。これだけ苦労していれば当然です。私の少ない外食業界での経験に照らしあわせても、やっちゃいけないことのオンパレードでなんですから。

しかし川田さんの凄い所は、それらの問題を自分のやり方で解決しているところです。本書では川田さんがラーメン店経営の様々な問題点をまとめ、その解決法を開陳している(もちろん我慢して凌ぎ切っただけという逸話も多数存在しますが…)のですが、その解決法は川田さんのやり方であって他の人が同じやり方でうまく行くとは思えません。むしろプロレスラーの体力と、知名度、資金力、ちゃんこを作り続けた経験があって初めて乗り越えられたことがよくわかります。体力でも知名度でも劣る一般人で、しかも資金も経験も十分でないのならば到底マネはできないのです。川田さんはそれをわかっているからこそ読者に「ラーメン屋にはなるな」と説いています。

私も一度だけ麺ジャラスKにラーメンを食べに行ったことがあります。ランチタイムの開店と同時に店内に入ると普通に川田さんが厨房に入ってました(畏れ多くて声もかけられず!)。注意書きがこれでもかと貼られた券売機、手作り感に満ちた店内の調度品、それに対して不釣り合いなほど完成度の高いカレー白湯ラ〜メン。今本書を読み終わってみれば、川田さんの独自の営業努力がそのまま強い個性となって現れているお店でした。店を訪れれば、本書の内容が大げさでもなんでもないことがわかります。ラーメン屋を個人で立ち上げることを考えて本書を手にされた方は、一度麺ジャラスKに足を運んでみるべきだと思います。この程度のお店か、と思われるかもしれない。でもその程度のお店を経営するだけで、これだけの苦労が必要だということを本書は教えてくれるはずです。

正式な本のタイトルは、

"開業から3年以内に8割が潰れるラーメン屋を失敗を重ねながら10年も続けてきたプロレスラーが伝える「してはいけない」逆説ビジネス学"

たかが10年、されど10年です。

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