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日本のアニメは文化的に負けている。 ーーー 映画 「神々の山嶺」レビュー ネタバレなし

猛烈な感動と共に襲ってくるなんとも言えない敗北感。

負けた、と思いました。

本作は夢枕獏の原作を谷口ジローがコミカライズした作品がフランス人の手によってアニメ映画化されたものです。

日本では谷口ジローといえばどう転んでも「孤独のグルメ」に行き着いてしまうのですが、私は精緻な表現が圧倒的な素晴らしい画力を持っていて、物語も人間味あふれる大人の作品を産み出す作家というイメージを持っています。

私が彼の名を最初に心に留めたのが「犬を飼う」という作品でした。大型犬の最後を看取るというだけの話ですが、感傷的になりすぎず日常生活の一コマとして淡々と描く作家の視点は新鮮で、とても強く印象に残りました。

あまり派手な物語を描く方ではなかったせいか、日本での知名度はあまり無いかもしれませんが、フランスでは大変な人気だそうで、今回の神々の山嶺についてもフランス側からの熱烈なオファーにより実現したとのこと。それだけにこの作品の出来栄えは素晴らしく、造り手の熱意が十二分に伝わる完成度になっています。

以下、公式サイトからあらすじを引用します。

「登山家マロリーがエベレスト初登頂を成し遂げたかもしれない」といういまだ未解決の謎。その謎が解明されれば歴史が変わることになる。カメラマンの深町誠はネパールで、何年も前に消息を絶った孤高のクライマー・羽生丈二が、マロリーの遺品と思われるカメラを手に去っていく姿を目撃。深町は、羽生を見つけ出しマロリーの謎を突き止めようと、羽生の人生の軌跡を追い始める。やがて二人の運命は交差し、不可能とされる冬季エベレスト南西壁無酸素単独登頂に挑むこととなる。

映画『神々の山嶺』公式サイトより

漫画原作は5巻に渡る長編なのですが、原作未読の私には全く関係なく楽しめました。むしろこれから原作を読んで物語の広がりを知る楽しみができたと思えるくらいです。

舞台は日本で、登場人物も日本人です。フランスで製作されたからといってフランス向けにアレンジされているところは一切なく、日本社会の描かれ方もほぼ完璧です。少なくとも外国映画を見ているという違和感は皆無です。

それよりもなによりも、この作品には小説にも漫画にもない魅力にあふれています。素晴らしい美術と音響、徹底的に拘って描かれた登山家の振る舞い。冒頭の雪山の描写からずっと画面に釘付けでした。

巨大な岩壁の高さ、
氷壁の固さ、冷たさ、
雪の重さ、
風の速さ、強さ、
嵐の、雷の禍々しさ、
吐く息だけに感じる僅かな温もり、
山嶺の空気の薄さ、
そして澄み切って美しい星空と
人の小ささ…。

そんな高所登山の世界の描き方がもう息を飲むほどに素晴らしいんです。

一応Netflixが配信するようですが、少々の大画面テレビ程度の画面でどれだけこの凄さが伝わるのか疑問です。映画館の画面で見なければあの圧倒的な岩壁の高さは伝わらない。

だからこそ、この作品は劇場で見てほしいんです。

残念ながら、少年ジャンプ、ジブリ、新海誠、庵野秀明、ディズニー、ピクサーといった価値観からはこのような作品は出てきません。そしてまず間違いなくこの作品は日本で大ヒットはしないでしょう。すばらしい作品なのに、公開劇場も少なく、プロモーションも乏しいからです。

このような作品が情熱を持って制作され、それが高く評価され、なおかつ大ヒットしているフランスに私は文化的な敗北感を感じざるを得ません。クールジャパンとかアニメ先進国とか、誰が言ってるんだろうと思います。

今年は映画の当たり年のようで、この10年で最高だと思われたトップガン・マーベリックに続いて、この神々の山嶺もほぼ同等の評価になります。この10年どころかこの2000年代に見た映画の中で、この2作が1,2を争う出来なんじゃないかと思えるくらいの素晴らしい作品でした。

強く、強く、ほんとに強くおすすめします。

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