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劇場を再定義するために ― 岐阜県可児市文化創造センターあーとま塾2019に参加して

2020年2月12日

岐阜県の可児市文化創造センター(以下、ala)で行われている「劇場に関わる人のためのアーツマーケティング・ゼミ」に参加した。

ゼミのタイトルには「劇場の再定義」と掲げられてあり、まさしくその言葉通り、「劇場を再定義する」ことがこれからの時代の公共劇場には求められていると考えさせられる場だった。
従来の「劇場」という言葉の認識では、地域の公共施設として建てられたはずのその場所の公共的価値が発揮されないままに、ただ運営維持費ばかりが予算を圧迫していく。全国の2200館を超える公共劇場・ホールが長年にわたってそうした状況にある。


「劇場を再定義する」ことが求められている。全国を巡回する歌手のコンサートや演劇の興行を事業として行うだけでなく、地域に根づいて市民から求められる場所にするために。公共施設としての価値を生み出すために。

まずなによりもしなければならないことは、ヴィジョンを持つことではないか。ヴィジョンを持つひとが「劇場の運営」に携わることではないか。おそらくいまの劇場の運営に欠けているのは「劇場が社会や地域にとってどのような存在でありたいか」という運営者側の思いだ。
事業を手掛けるうえでなによりはじめに考えなければならないはずのことが考えられていない。いくら頭をかかえて年間の予算を回そうとしても「施設を運営していくためには何をしなければならないか」という前提のもとで事業を考えているかぎり突破口は開けない。
なぜなら施設を運営維持していくためになされることは、社会や地域にとってのニーズに応える事業からはほど遠いから。事業の組み立て方や方針からして変化させないと、劇場はいつまでも「地域から遠い公共施設」という矛盾した存在のまま、公共的役割を果たすことができない。


たとえば ala は「市民の『生きる意欲』の生まれる場所」として、「人間の家」であることを劇場のコンセプトに掲げている。2007年4月から ala の館長に就任して大規模な改革を行ってきた衛紀生氏が、10年超にわたって地域と結びつきながら作り上げてきたヴィジョンがこの言葉に集約している。
衛館長は、地域の市民と劇場の双方向の価値を生むコミュニケーションを重視して、リレーションシップ・マーケティングを中心とした経営手法を用いながら、劇場の経営および運営体制を大幅に見直してきた。改革のヴィジョンの中心にあるのは「社会包摂」という言葉だ。

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あーとま塾で衛館長が参加者に向かって投げかけた問いかけで印象的だったのは「社会包摂を掲げて、本当に覚悟をもって劇場運営をしていけるか?」ということだった。

そこで思ったのは「覚悟をもつ」ことの素朴な難しさだ。劇場の関係者は、そもそも「社会包摂」あるいは「地域への福祉」に関心があるのだろうか。社会や地域に対して公共施設として劇場の果たすべき役割について考えているひとが、劇場にどれだけいるだろう。
これは現在劇場で働いている人びとを批判したくて言うのではない。ただ仕事として劇場に関わることを選択する過程で、そのような意識をもって劇場に関わってくるひと自体が稀ではないかと思う。
「劇場」とは興行をする場所であり、劇場での事業は「どこからコンテンツを引っ張ってくるか」という発想で行われるものだと、長年にわたって思われ続けてきた。だから当然のことそうした方面に関心をもつ人びとが人材として集ってくることになる。劇場運営の現状はなるべくしてなっている。

一方で地域への貢献や社会福祉、社会課題の解決を志している人びとにとって、「劇場」という場所は仕事場としての選択肢にほとんどないといっていいだろう。「劇場で社会や地域に結びつく活動をする」という発想がこれまでほとんど人びとに植えつけられてこなかった。そのことが大きな問題である。劇場という言葉にまとわりついているイメージによって、本来運営側として呼び込みたい関心層をも多く取りこぼしてしまっている。
いかに公共劇場が「社会包摂」を掲げようとも、そのコンセプトに魅力を感じるひとが運営組織にスタッフとして集まってこないことには、新しい運営体制を築き上げていくことは望めない。

だからこそ「劇場を再定義する」ことが求められると思った。どのように定義し直すかはそれぞれの劇場が独自性をもって、それこそヴィジョンを持ってその言語化をすればいいだろう。そしてそのヴィジョンを新たな経営方針として運営していくにあたって、適した人材を見出しアプローチするための、新たな採用と育成の基準を設けることだ。

「劇場」という言葉の定義や認知の仕方を社会的に変えていくためには、まずは運営者側の組織体制が変わっていかなければならない。そうした視点をもって、劇場の「経営」に取り組んでいかなければいけない。

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あーとま塾の2日間のプログラムでは、30名超の参加者が6つのグループに分かれてワークを行った。全国の公共施設や劇場、役所をはじめ、演劇や施設の運営側に携わっているメンバーが多いように見受けられた。
ワークではグループメンバーのうちの一人が実際に所属している施設を対象としてSWOT分析を行い、地域や市民など劇場を訪れる人びととのリレーションシップ・マーケティングをメインの目的として、ロジックモデルを組み立てることをした。

集ったメンバーのおそらくだれもが経営には明るくなく、類似した業界のバックボーンをもつ者同士であるから、成果物に抜きん出たものは生まれづらかったと感じる。リレーションシップ・マーケティングの対象とした人物像や、ソリューションのためのアイデアも似通ったものが多い印象を受けた。

とはいえ、実際に現実化しそうなプランがいくつか立ち上がったので意義のある時間だったことは間違いない。公共施設に所属して事業運営に携わっている参加者にとっては、事業の新しい切り口を得るうえで参考になるところが大きかっただろう。またこれまでに行われてきたあーとま塾の影響から、香川県丸亀市などの行政機関が実際に動き始めたケースも起こっていると聞く。変化が起こり始めるための場になっていることは確かだ。


既存の多くの公共劇場が変わっていくには、僅かな予算をひねり出して年間のプログラムに「社会包摂」の企画を一つや二つ入れこむだけでは、社会や地域に対して「劇場を再定義する」ほどのアピールにはなりえないとも思う。それこそ ala のように「経営」の視点でもって、劇場の舵を切り直すような大胆な改革が必要だ。
そのためには、あーとま塾への参加対象者を大幅に変えてみるのも手かもしれない。「劇場経営」という一般には聞き慣れない領域に、他分野からの人材を引っ張ってくるための場として、衛館長の知見や熱意は響くように思う。そしてそうした人材と行政や公共施設の関係者がトップダウンで結びつけば、話の進むのが早いのではないか。

なかには「劇場」という施設をブルーオーシャンと感じるような人びとが、もしかしたらいるかもしれない。日本国内の劇場の運営には、事実経営的な観点はほとんどまったく取り入れられてきていないのだから。予算は限られていようとも、すでにモノとして劇場が建っていることを有効に活用して、経営的な手腕を振るう存在が求められている。


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