読書メモ:フリッチョフ・カプラ『ターニング・ポイント』第2章「ニュートン物理学と機械論的世界観」
西洋における「中世」では、精神的な現象と物質的な現象がたがいに依存しあっていて、自然の秩序を理解し調和することによる、理性と信仰に根ざした科学があった。科学者や哲学者は物事を〈予測〉したり〈制御〉するのではなく、物事の〈意味〉や〈意義〉を理解しようとしていた。
また、社会は個人に優先していた。アリストテレスとカトリック教会(トマス・アクィナスがアリストテレスの自然体系とキリスト教神学を結びつけて体系化した)が権威であった。神、人間の魂、倫理の問題が主題であった。
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十六世紀と十七世紀、西洋文化における世界観と価値体系が根本的に変化し、近代における西洋科学の基本的な輪郭が整う。物理学、天文学のパラダイムシフトによって、〈機械的〉な世界観に移り変わった。
ニコラス・コペルニクスは、千年間に渡って教義とされてきたプトレマイオスの天動説と聖書を覆した。しかしあくまで〈仮説〉として地動説を提示するに留まる。なぜなら地動説によって、地球は宇宙の中心にあるのではないことがわかり、人間は神の創造物の中心ではないことを示してしまうから。次にヨハネス・ケプラーが惑星運動に関する法則を公式化する。
さらにガリレオ・ガリレイが登場し、コペルニクスの〈仮説〉を正当な科学理論として立証、案の定教会と衝突した。ガリレイは自然を数学的に記述できる(測定し、量を定めることができる)と信じた。そして、五感などの主観的な感覚は科学の領域から除外するべきだとした。
同時期、フランシス・ベーコンは〈帰納法〉をはじめて定式化した。〈帰納法〉とは実験を行い、そこから一般的な結論を引き出し、さらに実験を行ってその結果を検証すること。これによって科学は、自然を支配しコントロールするものとなった。
自然は〈女性〉と見なされていた時代である。ベーコンは自然を奴隷にしたり身を捧げさせたりすべきものと考えていた。彼はまた法務長官として当時頻発していた魔女裁判の告発に精通していた人物でもある。ベーコンの家父長的姿勢は科学思想に影響した。
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近代哲学の祖とされるデカルト。当時の最新の物理学、天文学に影響を受けてまったく新しい科学哲学を編み出した。デカルトは数学者としても天分があり、代数学と幾何学を結びつけ、「解析幾何学」として知られる新しい数学分野を築いた。この方法によって、あらゆる自然現象を数学的に記述し、〈機械的原理〉という単一の体系の中で世界を説明しようとした。
「科学的知識の確実性」のもとに、デカルトは自身の哲学を生み、それは十七世紀の科学の概念の枠組となった。しかし二十世紀には科学に絶対的な真理は存在しないことが判明している。つまりデカルトの哲学は根底から踏み誤っていたことが今では明らかである。
今日の西洋文化において、〈科学的真理〉に対するデカルト的信仰はいまだ根強い。デカルトの思考方法と世界観はあらゆる分野に影響を与えており、たしかに今なお有効だが、「その限界が認識されてはじめて有効」である。
デカルトの分析的論証手法は、思考と問題を細かく分割し、論理的な順序に並べるという方法を取る。これによって近代科学は、科学理論を発展させることができるようになった。一方で、「細分化して構成要素に還元すれば、あらゆるものすべての側面が理解できる」という誤った信念も生み出した。
こうした考えは、生命科学にも影響した。デカルトは、植物も動物もただの機械であるとし、人間のみ、合理的な精神が宿っているとしたが、身体的には人間もまた〈動物機械〉と同じであるとした。
デカルトによると、「身体という概念には精神に属するものは何も含まれない。また精神という概念には身体に属するものは何も含まれない」
精神と物質を分離させたデカルトは、自然は完全に機械的な法則によって動いており、正確な数学的法則に支配されているとした。そして、科学的知識によって「われわれ自身を自然の支配者と所有者にする」と断じた。
十七、十八、十九世紀の機械論的科学は、ニュートン含め、すべてデカルトの考え方を発展させたものである。
ただしデカルト自身、自らの科学が不完全であることに気づいていた。モンテスキューいわく、「デカルトが彼の後継者たちに教えたことは、どうすればデカルト自身の誤りを発見できるかということだ」
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1642年、ガリレオの没した年にアイザック・ニュートンが生まれた。コペルニクス、ケプラー、ベーコン、ガリレオ、デカルトの仕事を統合し、二十世紀にいたるまでの科学の基盤となった「ニュートン物理学」を編み出した。
ベーコンの提唱した実験的、帰納的な「体系的実験」の方法と、デカルトが提唱した合理的、演繹的な「数学的分析」の方法を掛け合わせて両者を統合し、自然科学の方法論とした。
そうして、自然に関して一貫性のある数学理論を与えたニュートンの宇宙は、正確な数学的法則にしたがって動く巨大な機械的システムといえた。
ニュートンは古典的なユークリッド幾何学の三次元空間で自然現象を説明した。「それ自身の性質において、外部のものとは無関係に、つねに同一不動である」絶対的空間と、「絶対的な、真の、そして数学的な時間は、自発的にまたそれ自身の性質によって、外部のものとは無関係に、一様に流れていく」絶対的時間を提唱し、その中を動く構成要素を物質粒子とした。
粒子の運動は、引力によって引き起こされるとし、粒子の内部構造と粒子間の相互作用とは無関係とされた。そして、粒子も引力も神によって創造されたもので、それ以上分析することができないとした。
ニュートン力学は古典力学の基本となり、永久不変の法則であり、自然界で観測されるあらゆる変化はこの方程式によって説明されると考えられた。この完璧な機械論的世界像は、外に造物主が存在することを暗示していた。決定論と結びついて、因果的な確実性を持って予測可能な世界を示した。
実際、潮の流れなど重力と関係する現象に限らず、惑星、月、彗星の動きなどの天文学、流体の連続的な運動と弾性体の振動、液体の蒸発や気体の温度と圧力などの熱理論までもニュートン力学で説明できた。宇宙はニュートンの運動の法則にのっとって動く巨大な機械的システムと見られていた。
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哲学者ジョン・ロックの思想は、啓蒙時代の価値体系の根拠となり、近代の政治、経済思想の発展に影響を与えたが、彼もまたデカルトとニュートンに強く影響されていた。
ロックは自然界を支配する法則に類似した、人間社会を支配する自然の法則がある、という信念をもっていた。そして気体中の原子が平衡状態を確立するように、個々の人間も「自然状態」で社会に落ち着くはずだと考えた。
それゆえ行政は人民に法を課すことよりも、行政が作られる前から存在する自然法を発見して執行するべきだとした。この自然法には、労働の成果である財産に対する権利をはじめ、すべての人間の自由と平等が含まれる。
個人主義、財産権、自由市場、代議制政体といった理念はすべてロックに遡ることができ、それらはトーマス・ジェファーソンの思考に影響して、アメリカ独立宣言とアメリカ憲法に反映されている。
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十九世紀に入ると、機械論的なモデルで説明できないものが生まれる。マイケル・ファラディが始め、クラーク・マクスウェルが完成させた電磁気学。彼らは電気的な力、磁気的な力の効果を研究し、ニュートン物理学を超える〈力の場〉という概念を生み出した。
また別の角度では、変化、成長、発展という進化の概念が生まれ始める。地学においても、すでに化石の研究から地球が連続的に発展してきていることを科学者は見出し始めていたし、イマヌエル・カントとピエール・ラプラスが提唱した太陽系の理論、ヘーゲルやエンゲルスの政治哲学においても、進化的な概念が重要となっていた。機械論的世界観を超越する思潮である。
生物学において革命をもたらしたのは、ジャン=バティスト・ラマルク。すべての生き物が、原生動物から人間にいたるまで変化を続けていることを主張した一貫性のある進化理論を最初に唱えた人物であった。
数十年後、チャールズ・ダーウィンが進化論を提唱した。突然変異と自然選択という概念で、以後の生物学の方向を決定づけた。生物学における進化の発見は、無秩序の世界から始まり、秩序と複雑さを増大させながら、宇宙が絶え間なく変化し発展していることの立証となった。
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生物学の進化とは逆に、物理学における進化は無秩序を増大させる方向への動きとして発見された。
液体と気体を力学的に扱うことで、「エネルギー保存の法則」が見いだされた。エネルギーの総量は、姿を変えどもつねに保存され、決して失われることがない。これは「熱力学の第一法則」としても知られている。
「熱力学の第二法則」はエネルギーの散逸に関する法則で、熱や摩擦などによって散逸することで、エネルギーの総量は減少していくことが判明した。
第二法則は、自然現象に向きがあることを示して、時間の〈不可逆過程〉という概念を生み出した。たとえば熱湯と水を混ぜ合わせればぬるま湯になって、自然に分離することはない。「孤立した物理的な系はいかなるものも、無秩序を増大させる方向へ自発的に進行する」といえる。この進化の程度を測る量を〈エントロピー〉という。
エントロピーの増加はニュートン力学では説明できないことだったが、後にルートヴィヒ・ボルツマンの確率の概念によって「統計的な法則」としてニュートンの世界観で説明できることがわかった。
多数の分子からなる孤立した系では、無秩序への進化を示すエントロピーは増加し続け、やがて最終的には「熱力学的死」として最大エントロピーの状態に達する。こうなると、すべての活動が止み、物質は均一に分布し、同一温度になる。古典物理学に従えば、宇宙全体がその最大エントロピーの状態に向かっており、やがてゆっくり停止する、というわけである。
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二十世紀に入ってからの三十年で、相対性理論と量子論が生まれ、それまでのデカルト的世界観とニュートン力学の主要な概念をことごとく粉砕した。絶対的空間と絶対的時間、硬い粒子、根源的な抗生物質、厳密に因果的な自然現象、自然の客観的描写という概念は、現代物理学において通用しない。
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第3章〜に続く(未執筆)
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フリッチョフ・カプラ『ターニング・ポイント 科学と経済・社会、心と身体、フェミニズムの将来』吉福伸逸・田中三彦・上野圭一・菅靖彦訳、工作舎、1984年。
第2章「ニュートン物理学と機械論的世界観」
フリッチョフ・カプラ。1939年、ウィーン生まれ。
ウィーン大学で理論物理学の博士号取得。現代物理学と東洋思想との類似性を指摘した『タオ自然学』が世界的ベストセラーとなった。カリフォルニア大学バークレー校のベアーズ環境リーダシップ・プログラムの教授。シューマッハー・カレッジの客員教授。