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ひとまず、保管場所

今、ぼくが取り上げている話(インフレや社会保険料、賃上げなど)は、自分が長年食べもの屋さんを経営してきた経験則を元に述べている。

この話題もそろそろ終盤の予定だけれど、その前に今日は、過去に綴ったものを中心にそこから抜粋し再掲載させていただく。

以下のものは、いずれも店のウェブサイトに掲載していたものなので、かれこれ10年近く昔に書いたものになる。それでも当時から懸念していたことや推測していたシナリオは、現在その方向へと進んでいるものが多いと思う。
また、この後に述べるつもりでいたこととも重複する部分が多々あるため、こちらで再掲載することにした。

まぁ率直にいえば、ちょっと忙しかったので今回は手抜きなんである。

ぼくが店を始めてから僅か20年足らずの間にも原材料費、設備費は高騰の一途で、最低賃金や法定福利費も年々上昇すれば税制も厳しくなるばかり。
一方で労働人口は激減し、商業施設を含めお店を見渡してもぼくにはオーバーストア(店舗過剰)に映る。
これらすべてお店(会社)をする側にとってはマイナス要素でしかなく、今後を考えても加速して行くと思われる。

独立した元スタッフへの言葉と、経営のこと 2.

ぼくの考える “経営を圧迫する、自分たちではどうすることもできない外的要因” をいくつか書いたけれど(この話の 2.)、それらは初期投資でなく開業後のランニングコストに影響を与えるものがほとんどで、消費税を除けばいずれも店をつくる段階では直接関係のないものばかり。
そう考えると、これほど時代が変わっても開業するために必要な初期投資額自体は昔と比べてもそれほど変わりがなく、経営を圧迫し続ける原因というのは法律などを含めた外的要因によるランニングコスト上昇部分だということがわかる。

「お店(事業)は立ち上げるよりも維持継続することの方がずっと難しい」という言葉にも納得がいく。

独立した元スタッフへの言葉と、経営のこと 4.

この先、仮にお店や会社が今より業績が良かったとしても収益構造の改善でもない限り、売上に比例して純利益が伸びるとはまったく思えない。

それはいま以上に厳しい状況になることを回避できないとぼくが思っているということでもある。



その理由には、まずぼくらの仕事が労働集約型であること、またそれにとって致命的とも言える労働年齢人口の減少がある。これは日本が世界最速というデータもあるらしいので喫緊の懸案はここだろうけれど、だからといって3年後や5年後に18歳の日本人が突然増えるなんてこともあり得ない。

そう考えると巷で喧伝されるAIやロボティクスといったテクノロジーに期待するか、移民を受け入れるという二択以外に会社(大きく言えば経済)を維持するのは困難だと思うけれど、個人的に期待していたテクノロジーの進化はどうも怪しい気がしてきた。

凄い勢いで進化している現実がありながらそれはまだまだ一部のものであり、自分たちの生活や職場にまで降りてきていない現実を思うと、ここに期待するにはおそらくまだかなりの時間を要すると思う。



それに加えとても大きな問題として、既述してきた最低賃金や法定福利費、税金などの上昇といった外的要因がある。

これらの中には雇用する側だけでなく雇用される側の負担もあるので、お給料が現状維持であった場合、可処分所得は年々減っていくことになる(ほんと、みんなお給料明細をもっとちゃんと見た方がいいよ)。

消費税増税が延期され続け、5年後に今と同じ8%であるなんて思っている人は皆無だろうし、可処分所得が減少していく中、消費税が上がれば買い控えや外食を控えるといったことが起きることも容易に想像がつく。

この “自分の意思ではコントロール不可能な外的要因” は、保険料や税金面だけでなく労働基準法といった法律についても同様で、今後社会のルールそのものを変更される可能性も高い。それに適応できなければ、いくら業界的に正しいとされることや職人として正しいとされることを守っていたとしても事業主として、社会人として失格といった判断をされかねない側面も含んでいる。

現状維持や他人を雇用してでの個人商店規模は危険と考え、職人としては間違っているかもしれないと自覚しながら、ぼくが多店舗化や事業の拡大を目指した理由の一つが、ここにある。

独立した元スタッフへの言葉と、経営のこと 9.

ぼくが最初にお世話になった料理のお師匠さんは、とても口が悪いけれど正直な人で、先輩とぼくに面と向かってこんなことを言われたことがあった。

「お前らはワンルームマンションみたいなもんや。マンションは入居者が入れ替わったら礼金が入ってくるやろ、だから回転してくれた方がありがたい。
家賃と違ってオレは給料を払う方やけど、お前らもある程度で回転してくれて若い奴が入ってきてくれた方が人件費が安く済んで助かる」

なんて馬鹿正直な人なんだろ・・・と驚いたけれど、別のお店のオーナーシェフもこんな話をされていたことがあった。

「うちは店が2軒あるので合わせるとポジションが6~7つあるんです。スタッフには、そのポジションを3~5年間ほどで一巡させます」

「すべてのポジションを回られたスタッフさんは、どうされるんですか?」

「『うちではすべて教えたから後は独立するなり、他所でシェフを目指しなさい』と言います。それ以上うちにいてくれてもお給料も上げれませんし」

ぼくのお師匠さんのような暴言か否かはさておき、本質的には同義なんだと思った。そしてこれを “肩たたき” と呼ぶと先輩から教えられたとき、これが個人商店の限界なんだとぼくは認識するようになった。

いま思えば、ぼくの事業拡大志向が芽生えたのは、このときだったかもしれない。



約30年前、ぼくが20歳の頃の話。

"修業” って、なんですか 2.

その昔、当時イケイケだったIT企業の社長がインタビューされているのをテレビで目にすることがあった。

次々と会社を買収し拡大していた彼にインタビュアーは、こう質問をした。

「なぜ、それほど早急に会社を拡大しようとするのか?」



彼の答えは、これ以上ないほどシンプルで明快だった。

「倒産リスクを下げるため」

見ていたぼくは「そりゃそうだ」と、とてもシンプルに共感を覚えた。



ぼくらのやっていることは IT企業のように急速に拡大するといった種類のものではないけれど、それでもぼくがそれを志向する理由と本質的には同じだった。

ぼくの場合、もともとあんな店もやりたい、こんな店もやりたいといった思いがあったので多店舗化へ向かうのは自然なことだったけれど、やっていくうちにこの社長と同じような理由になっていた。

ぼくらが旅(多店舗化)に出る理由

製造量がこれだけ増えると機器だけでなくそれに伴い使用する道具も変わるし、工程だって随分と変わる。
つまり、それ以前と同じものを作るにしても仕事の仕方はガラリと変わることになる。

ぼくは目新しい道具や機器が好きだけれど、職人気質の強い人ほど仕事のやり方を変えたがらない傾向にある気がする。

だからここでちょっとしたストレスが生まれる。

目指すところがあるから設備投資もするわけで、その過程で仕事の仕方を変える必要があるなら、ぼくはいくらでも変える。やり慣れたやり方を続ける方が楽だけれど、そこを越えないと目指すところにも辿り着けない。

“手づくり“ って、なんですか

こういった課題と向き合う際、効率化や合理化という考えを避けて通れないと思うけれど、”尊い職人仕事” といったイメージを強く持つ人からすると対極に感じるためか、この効率化、合理化という言葉自体に気色ばむパン職人さんもおられる。
けれどこれを考えないことには労働環境改善もままならなければ、きっとコンプライアンス遵守もできない。
(中略)
ぼくにとって作り方や工程などの変更、機器を使用するかしないかの判断は、それまでのクオリティ以上のものにできるかどうか、それだけだった。
その上で労働時間短縮などに繋がるのであれば、本来の作り方を変えることや工程をショートカットすること、設備機器や道具をどんどん導入することをぼくはまったく厭わなかった。

職人仕事と効率化


当時のぼくは、こういった懸念や考えがあったからこそ拡大を志向し、設備投資にも力を入れ、会社を大きくすることでそこを突き抜けようと考えた。

しかし「経営者の器以上に会社は大きくならない」とはまったくその通りで、あの時の規模がぼくの能力の限界だったと思う。
これが一番の理由というわけでもなく他にもあるのだけれど、それをここに書くことはできない。
こうして、ぼくは会社を譲渡する決断に至った。


また、現在お店を経営されている人たちの現状がぼくにはこう映る。

今の時代はどの職種にとってもかつてないほどの厳しい状況だと感じる。少なくとも食べもの屋さんやその職人さん、お店を経営されている人たちにとっては間違いなくそうだろう。
ぼくが店をやっていた時代を振り返ってみても、お店を維持継続していくのは今の方が遥かに難易度が高い。

経営本のスゝメ 8.

こんな時代だから、もしぼくが食べもの屋さんをいま始めるとするなら、やはり当時とは違いこちらを選択すると思う。

それを言って抗ったところで賃上げの流れは変わらないだろうから、もし本当なら遅かれ早かれ他人を雇用することが不可能ということになる。
そうであれば雇用は諦め、自分ひとりなり夫婦だけでお店や事業をまわす、いわゆる ”ひとり親方” の仕組みに今からシフトしていった方が建設的な気がする。

賃上げの可能性を考えてみる

結果そういった零細のお店と、事業としてそれなりの規模を維持できるお店との二極化が今後ますます進むことになるだろうと推測する。

二極化は進むよ、どこまでも

そんな ”ひとり親方” や小規模でお店をすることについても、考え得るリスクや「それでもやるなら、ぼくならこうする」といった考察を「『小さくて強い店』について考えてみた 1〜17」というタイトルの中で過去に綴っている(パン屋さんをする場合の話だけれど)。

そしてここで述べていた考え方もまた、現在であっても基本的には変わらない。

つづく



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