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初めてのリアルOZAKI(動画)体験

・楽器が上手い、歌がうまいだけでミュージシャンになれるんじゃない。いや、なれるかもしれないけど、人の心に伝わる、人の心に残るミュージシャンとは全く別になると思う。

・うちの父親は若い頃スタジオミュージシャンをしていた。彼は楽器は好きだし、うまく演奏できる。だけど、そのことと、心を揺さぶられるようなミュージシャンでいる、ということはまた別の話。

・それと同じで絵が上手いだけでは漫画家にはなれない。文章が上手いだけで小説家にはなれない。そんなことよりも、どうしても伝えたいものがあるかないか、というのはものすごく大きい。もちろんそれがある上での画力や文章力も大事だけど。まずは伝えたいもの!だと思ってる。

・先日わたしのツイッターのTLで話題になった「ルックバック」という漫画。

・これも「伝えたいものがある」という人の作品、という印象を受けた。久しぶりに「そうだよ。こういうのなんだよな。」と思った。だけど、ツイッターでは、この作者の圧倒的な才能で他の漫画家を目指している人の気持ちを萎えさせるという話もされていた。そこはわたしは賛同しないけど。なぜなら伝えたいものがある人はそこは絶対に萎えないから。どんなに人と比べても萎えない、そういう人たちが世界を作っていくと信じているから。

・10代なんか特にそういう作品で心が大きく揺さぶられる経験がほとんどの人にあるだろう。音楽だったり、映画だったり、漫画だったり、詩だったり、小説だったり。だけど、それのどれもが完璧なものなんかじゃなく、どこかいびつで、だけど奥の方に情熱的で泣けるほど優しい何かを伝えようとしてくれていた人たちが作ったものじゃないだろうか。

・逆に言うと、普通はそんなに「どうしても伝えたい!」っていうものなんかない人の方が多いのかもしれない。いや、わたし個人的にはほとんどの人にはあると思ってるんだけど、それを見つける手段がないというか、見つける作業をしないまま日々を生きてる感じがする。

・人は怒りや悲しみを強く感じる時に、自分の大事な何かが侵害されていることが多い。だけど、強い怒りや悲しみは人間にとって不快なものなので、それを避けようとして考えなくしたり、気を紛らわそうとするのは人間の反応として当たり前だ。そんなことにいちいち真正面から真面目に考えていたら、やり方を間違うと心がついていかなくなってしまう。

・だから大半の人たちは不快ではない生活を送るために、不快を避けるのは当然の選択だ。その選択をしている人たちを責める権利なんて誰にもない。

・自分に伝えたいこと、やりたいことがあるからって、他人にも「やりたいこともっとやった方がいいよ〜」なんて言ってくる、あなたの人生に責任なんて持つつもりもない人の言うことは聞かなくていい。そんな最もらしい正論を聞いたら焦っちゃうよね!!!だけど、そういう人は「やりたいことをやっている=正義」という価値観なんでしょう。逆にそういう人はやりたいことがなくなる、ということになったら絶望しちゃうんだと思うよ。実際はそんなにやりたいことなんかなくたって、それなりに楽しく生きていける。不快を避ける人生も立派な生き方だし、そんな人生を送ってもなんの問題もないし、負い目なんて感じなくていいんだ。余裕が出てきた時に「あ、自分はこれが伝えたいな、これがやりたいな」という気分になればやればいい。逆にそういう自然な「伝えたいこと、やりたいこと」じゃないと誰にも伝わらない気はする。

・だけど、その不快の向こう側に大切なもの、伝えたいことが隠されているのは事実。だから自分に余裕がある時に向き合えたらいいよね。焦る必要はない。

・そんな「伝えたいことがあった人類」代表、尾崎豊。わたしは尾崎世代ではないんだけど、先日インスタで尾崎の歌を歌っている若い男性の動画を見た。

・わたしの尾崎体験は高校の時、サッカー部のマネージャーをしてたんだけど(サッカーと言えばボブマーリーだね!ってことで今日のトップの画像はボブマーリーさん。画像回収しましたね今日は)、サッカー部の2つ上の先輩、M先輩がめちゃくちゃ歌うまくて、いつも他の部員から尾崎のシェリーをリクエストされて歌っていた。上手いなー!!!すごい上手いなー!!!と思ったけど、尾崎いいなーじゃなく、M先輩いいなー!だった。わたしはただのオタクだったので尾崎の「盗んだバイクで走り出す」系の歌詞に共鳴するということも別になく、CDを買うこともなかった。それが唯一のわたしの尾崎体験。

・そのインスタで見た彼も、「歌い方、尾崎に似てるな〜!」という感じだった。だけど、「え?わたし、尾崎のことあんまり知らないよね?」とその時にハッキリ自覚した。実際は、テレビでたまに懐かしいでしょ系の番組でしか尾崎を見たことなかったので、リアルはどんなんだったっけ?と動画を見に行った。見たのはこれ。

・圧倒。

・何が圧倒されたって、この時、彼は19歳なんだよ、、、、、、。

・逆に19歳だからこそこれが、この彼の、このステージが完成できたんだ、、、。と思うと衝撃だった。途中のバックの音が消えるところとか見ると、あれで聴かせる19歳の尾崎の表現力本当に凄まじい。

・え?ほんとに19歳?わたし、19歳なんか学校の帰りにずっとファミチキか、からあげクン食べてて幸せだったよ、、、。

・あとこんなにカッコいいの知らなかった。この才能と顔面、そりゃ人気あったわけだ。気付くのおっそ。

・その後、彼のことをもう少し知りたくなって、尾崎の死後に放送された彼のドキュメンタリーを見てみた。

・その中で、彼の訃報の後、彼と同じ世代のファンの人たちが大挙して集まり、号泣して、彼の急すぎる死に対して怒りや悔しさをぶつけていた。それと同時に彼が表現者として生きることを選び、同じ時代に存在してくれたことに感謝していた。

・中には「尾崎に命を救われた」という人までいた。

・そうだよな〜。自分に全く引っ掛からなかったことや人でも、それによって命すら助けられた人もたくさんいるんだよね。だからこれからは「え?〇〇?だっさー。」とか絶対に言わない。自分のちっぽけな主観なんて視野を狭くするためだけにあるものだ。自分の主観を捨てた先に、どこかの誰かの救われた命が限りなく存在しているっていうことを忘れてはいけない。

・そして、自分のアンテナに引っかからないどこかの誰かが、今日も「明日を生きる希望が持てない人たち」のために、大切な何かを伝えようとしてる。生きろ!と声援を送っている。

・ルックバックからの尾崎。ヒリヒリした表現者って滅多にいないので、いたら反応しちゃう。好きなんだよな〜。そういうの。というのも、自分が真逆のタイプで、なんでも「ま、いっか」ってなるタイプだから憧れもあるというか。

・そう思うと、自分の趣味と合わなくても、人が誰か、何かを好きでいることってめちゃくちゃ尊いでしょ!自分の好きなものを「ダサい」って言われても、「うるせえわ、お前のちっこい主観で語んなよ!」と心の中で言ってあげてくださいね。口に出すと喧嘩になるから。心の中なら人の好きなものを勝手にダサいと決めつける人には何言っても大丈夫。逆に自分が誰かの趣味をダサいと思ったら「自分の趣味ではないだけなんだな」と理解するだけで優しくなれる。英語でも「Not my thing」と言いますよ。「クラブで遊ぶのはNot my thingなんだよねー。」って感じで。2021年に尾崎に出会うと多様性の理解につながる、という日記でした。


・今日は久しぶりの無料公開日記。月2回ぐらい無料公開日記書きます!明日からまた通常運転に戻りまーす!よろしくね!!!

・質問箱↓
https://peing.net/ja/52b8876b882823
動画日記、こんなお題で書いて欲しいのリクエストもどしどし〜!

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松田(ITSUMItalkの中の人)
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