断片小説集 3
「日本語お教えします」
自宅の門にそんな張り紙をしてから1ヶ月後、日本語を習いたいという宇宙人がやってきた。
本物の宇宙人なのかどうかはわからない。本人が自分は宇宙人と言っているのだからそうなのだろう。
「わし、この星に赴任してきてもう2年たちますねん。うちの星の決まりで着いた土地の言葉を喋れるようにせなあかんのやけど、わしの言葉、どこで喋っても笑われますのんや。そないにけったいでっしゃろか。わし、2年も自分の宇宙船に閉じこもったままほんまに勉強したっちゅうに、どこでも笑われるよって、ほかん人とちゃう、髪の毛が金色で目の青い兄さん捕まえて喋ってみたんや。そしたらわしとえらい似てる言葉使いよるのに、やっぱり笑いよる。ほんでひとっ飛びして、違うとこで喋ってみよと思てたら、ここんとこの門に日本語教えるて書いてあるやん。んで来たっちゅうわけよ。宇宙人じゃあかん?」
私は首を振った。
生まれも育ちも大阪の友達に連絡しなければ。
(「無差別日本語教室」)
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国際自転車操業士の資格を取るのは簡単ではない。3級から始まり1級を取得するには最低でも6年はかかる。それに受験するには最低でも連続2年の実地経験が要る。自転車操業をしている会社を探し、会社に入り、自転車操業の現場で実態を学ばなければならないのだ。3級では年商1億円以下、2級では1億以上10億円以下、1級では10億以上50億円以下の会社で自転車操業の現場を踏んで初めて資格試験に挑戦できる。
なにより難しいのは2年という長さだ。大抵の会社は2年もしないうちに会社がなくなる。倒産するか、清算になるか。いずれにしても受験資格を得る2年を待たずに会社はなくなってしまうのだ。
(「国際自転車操業士」)
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その駅はすべてが半分でできあがっている。自動改札の幅は通常の半分、長さも半分、改札の扉も半分しか開かない。階段は半分の高さで、エスカレーターは階段の半分のところまでしかない。構内のアナウンスも半分しか流れない。途中で終わることもあれば、途中から始まることもある。駅は半地下で、屋根があるのもホームの片側半分だけ。電車はホームの半分で止まるか、半分過ぎてから止まるかのどちらかだ。トイレの便器も半分のサイズで、用を足すには熟練が必要だ。落し物や忘れ物をしても返してもらえるのは半分だけ。残り半分は半日以上経ってからまた来なければならない。他の駅と比べたらいかにも使い勝手の悪い駅と思うのだろうが、実際にはそれほどの不便はない。なにごとも慣れなのだ。
(「半地下の駅」)
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私は夢を見ている夢を見ている夢を見ている夢を見たことがある。
(「重層的な無意識」)