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固まるパソコン、消える原稿 | Jul.5

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「いきなりパソコンがフリーズした。
1時間半ほど書き続けていた原稿が消えた。」

「原稿は手書きに限る」
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この3行は昨晩実際にあったこと。
フリーズしたパソコンはいつまで経っても戻ってこない。
消えた文章は原稿用紙で11枚分。
呆気にとられすぎて、怒ることも、悲しむこともなく、「あー消えた」と抑揚のない感情で頭がいっぱいになった。
「さてどうしよう」も「復旧できるかな」もなかった。
感情はただの棒線にしかならない。少なくとも5分くらいは「—————」と、ただ線が伸びるだけだった。文芸的心停止。

かすかに感情が戻ってきたときにまず頭に浮かんだのは「原稿は手書きに限る」という格言めいた一言。
何やらやけに語呂が良くて、どこかで聞いたことがあると考えてみると、落語の「目黒のさんま」のサゲそのままなのだった。

落語には古典と新作がある。
江戸から明治の頃に作られて、いまも落語家たちが語り継いでいる噺が古典。当代の落語家自身や、落語作者が書いたものを演じるのが新作だ。
「原稿は手書きに限る」と思いついてしまったところで、「パソコンがフリーズした」から始まる落語にならないもんかなと考え始めた。
できの悪い模倣でしかないけれど、スタートと着地点だけが決まっているのは、アイデアをひねるにはいいトレーニングになる。
どのコースをどう進めば落語になるか、滑稽さを持つ噺になるか。通過すべき点も決まっているのだから、道に迷うこともない。

しばらく物語の流れをひねっていたのだけれど、残念ながらサゲにたどり着くストーリーは浮かんでこなかった。
でもスタートとゴールという材料はすでに手に入れたのだから、いつか何かが湧いてくるかもしれない。
筆という平和的な銃に込めるべき弾丸がなければ、世界に向けて撃つこともできやしない(あれ、これ、ちょっといいな。何かに使えるかも。メモしておこう)。

こうしてパソコンのフリーズから、僕は2つの弾丸を手に入れた。
(重ねて言いますが、全部、昨晩の出来事です)

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樹 恒近
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