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3月:ママが教えてくれたいちご餅【短編小説】1400文字

「やっぱり、出れなかった・・・」
ママの白い軽自動車の助手席に座ってドアを閉めると、外で同じく卒団する子たちの騒いでいる声が遮断されて、つい本音がこぼれた。
他の親たちや監督に挨拶していたママがもう隣にいるなんて、見えてなかった。

「まぁ、しょうがないけどね!うちら6年生多いもん。ピッチャーとキャッチャーは上手な5年生コンビだし、卒団試合だけどその交代は無理!いつもみたいにベンチ3人で声出しの方が思い出あるし!」
ママはちらっと優しく私を見て、シートベルトをつけて車を走らせたから、私も急いでシートベルトをつけた。

「ちょっとはさ、代打か守備交代で出させてくれるかなーと思ったけどね。まぁ、いつも通りってことで」
このソフトボール少年団では6年生の卒団時に、他の少年団と合同で卒団試合をしている。
いつもベンチの6年生も、この日だけは何らかの形で出させてもらえるんじゃないかって、期待してた。
結局、4年生で入団してから、練習試合も含めて試合に出られたのは6年生になってからで、しかもレギュラーメンバーが休みの時やケガした時ぐらいだった。
それでも辞めなかったのは、ソフトボールの練習が楽しかったから。
他の子には言えないけど、試合なんてなくてもいいと思ってた。
あと、スパイクやグローブ、練習着とか、いろいろ入団する時に買って揃えてもらったから、最後までやらなきゃいけないって思ってた。

「いちご餅、買ってから帰っていい?ママ、食べたくなっちゃった」
今日の卒団試合をやったグラウンドの近くに有名な和菓子屋さんがあるって、行くときにママが教えてくれたのを思い出した。
「うん」
よかった、ケーキじゃなくて。今はそんな気分じゃない。

お店にはママだけ入った。
その間、私だけになった車の中は静かで、私はぼーっと窓から外を眺めながら、出してもらえなかった理由を考えていた。
監督は卒団試合っていうこと忘れてたんだよ。
私らいつも通りに応援してたから、6年ってこと忘れちゃってたんだよ。
おじいちゃんだし。

いちご餅を買ってきたママは、私の方を見ずに車を走らせた。
よかった、溢れてきたところだったから。
「ママ、知ってるよ。あなたが誰よりも声を出しているの。大きくて通る声が聞こえるんだもん」
「うん」
「ママ、知ってるよ。試合中の監督の指示、あなたが誰より真剣に聞いてるの。いつも見てたもん」
「うん」
「ママ、自慢したいもん」
一雫こぼれて、窓からは雪をかぶった山脈がきれいに見えた。

家に着いて着替えると、食卓の上にいちご餅が用意されていた。
白い皮からうっすら赤色が見える。
ここにいるよって、いちごが言っている。
私も監督にもっと言えばよかったのかな。
「ソフトボールは楽しかった?」
ママが私の麦茶を持ってきてくれて、隣に座った。ママは緑茶だ。
「中学は部活何か考えてるの?他にも運動部あるし、吹奏楽部とかも面白いかもね」
「うーん。部活紹介とかあるんでしょ?それ見てからかなぁ」
フォークが添えてあったけど、私はいちご餅を手で掴んでそのまま一口かじった。
白いお餅の部分はもちもちしていて、なぜいちご大福じゃないのかが、食べたらわかった。
「どの道を選ぶのかも大事だけど、選んだ道をどう歩いていくかの方がもっと大事。あら、フォークだと食べにくいわね」
中の白あんは甘すぎず、いちごは酸味が効いている。
お餅がそれを優しく包んで、口の中はさっぱりとした後味でいちごがいたことを覚えている。

やっぱり楽しかったな、ソフトボール。

いちご餅(引網香月堂)

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