82歳、はじめまして
82歳で妻に先立たれて、急に一人暮らしになった実チチ。
家事を100%奥様に任せっぱなしだったので、いろいろできないことがてんこもりでなかなかエグい日を過ごしている。
単身赴任をしていた時に一人暮らしの経験があるし、味噌汁も自分で作れると言ってできたものには、出汁が一切はいってなかった。父はその時はまだ少し仲良かった兄と笑っておいしくない味噌汁をすすっていたっけ。
そもそも単身赴任は40年も前の話なのだ。
家事に関しては、ひとりで暮らして行く上で、なんとかやってみるから、いろいろ教えて欲しいと言われた。
最初の質問は
「洗剤で食器を洗います。流します。・・・で、どれだけ流せばいいの?」
だった。
洗い流す時間か目安かを知りたいらしく、心の中で「知らんがな」と言いつつも、「泡が消えたらかな」と答えるも「消えたら大丈夫なの?洗剤残ってないの?」とかぶせてくる。「じゃあ、ぬるぬるしなくなったらかな」と足すと「ぬるぬるって何?どういうの?わからないんだけど」と言う。
むずかしい。なんともむずかしい。そもそも家事なんて教わった覚えがない。
他にも家事に関しては小学生のような質問を連発し、そのたびに、はてどうだったかなと頭をひねる。目分量、てきとー、だいたい、というのが父には全く通じないし。
結局、だいたいをレクチャーしつつ、「何事も経験。やってみてわかるよ」に落ち着く。
事実、この半年で、やってみてわかったことが彼にはたくさんあり、それなりに日々勉強になる、とか、まじめなことも口にしている。
「何事も経験」ということで、おいしいらしいと初めて買って食べたのが、ペヤングソースやきそばだった。しかし、あまりお気に召さなかったらしい。「まずくはないが、これは焼きそばじゃない」と。それはあなたが思う焼きそばではなく、ペヤングソースやきそばという食べ物なんだと言ったら、なるほどね、と妙に納得していた。
そのあとも試してみた食べ物はたくさんある。彼なりに安くて美味しくて栄養も摂れるものをなんとかならないかと探求しているらしい。面倒くさいのもあり、食器もあまり使わず、手間もかからずと考え、朝と昼はパン、夜だけご飯を食べているらしい。
そんな中で、また昨日、はじめての食べ物にトライしたそうだ。
美味しいし、皿はひとつだし、栄養もいい。またそのうち作ろうと思う。
「推奨しますよ。お試しあれ」と言った。
その名も、納豆チーズトースト。納豆とチーズをのせてトーストするだけ。
温かいし、味もいい。調理時間も短い。でも満足感あるし、栄養もばっちりなんだよ、と電話で何度も「推奨します」と言っていた。
カレーはめったに食べない、魚は鮭があまり好きじゃない、マヨネーズ味のものが好きじゃない、パンにはバター、マーガリンはいや、同じメニューを続けて食べるのがだめ、新しい食べ物には抵抗がある、匂いの強いものが苦手、などなど
母がいた時、漏れ聞く彼の食に対する守備範囲の狭さはエグかった。
でも「何事も経験」と、今は結構アグレッシブに攻めていると思う。
彼のはじめてのおつかいはまだまだ続く。なんやそれという質問は毎日泉のように湧いて出る。まぁ仕方ないかと笑って受け止める。しっかりじゃなく、てきとーに目分量で。私も「何事も経験」ではじめての父教育をしているのだ。
そうだねぇ、そこまで推奨するなら、納豆チーズトースト。そのうちやってみるとするよ。
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