バロン

バロン(1988年:イギリス)
監督:テリー・ギリアム
配給:コロンビア・ピクチャーズ
出演:ジョン・ネヴィル
  :サラ・ポーリー
  :エリック・アイドル
  :ユマ・サーマン
  :ロビン・ウィリアムズ
 
童話のほら吹き男爵の冒険をテリー・ギリアムが当時最新の特殊効果とミニチュアを駆使して、作り上げた荒唐無稽なファンタジー。ファミリー向けの娯楽作と思って視聴すると、各所に混ぜ込まれた皮肉と風刺に感心してしまう大人の童話。
子供の時からこの童話が好きだった。現実にはあり得ない世界を、抜群の行動力を持った男爵が、これまた奇想天外な家来と冒険する物語が面白かった。モデルとなったカール・フリードリヒ・ヒエロニムス・フォン・ミュンヒハウゼンは実在の人物らしいが、話術の巧みな誠実な貴族で、晩年自邸に客を招いては自身の体験を聞かせたという。そのキャラクターがほら吹き男爵を形作ったようだ。
もう、30年以上前の作品なので、映像も特殊効果も古さが目立つ。しかし褪せない映画の楽しさが満載で、主人公の男爵の冒険に引き込まれていく。
時代は18世紀末。トルコ軍に攻められる街でほら吹き男爵の芝居が上演されていた。そこへ老人が乱入。自分こそこの物語の主人公の男爵であると訴え、街を救うと宣言。下着をつぎはぎした気球で劇団の少女とともにかつての家来を探しに、奇想天外な冒険が始まる。
主人公の男爵には名優ジョン・ネヴィル。数多くの作品に出演し様々なキャラクターを演じたが、男爵の溌溂とした気力みなぎる姿が痛快。登場時はヨボヨボの老人だったのに、冒険に出発すると若さが戻り、心から楽しんでいるのが感じられる。そのくせ女性にはだらしなく、立ち寄る先々で女性トラブルに見舞われる。女神ヴィーナスとのダンスのシーンは幻想的だった。立ち回りでは白馬にまたがり、群がる敵をバッタバッタとなぎ倒す。しかし常に死神からその命を狙われており、もしかして不死の人物でないのかなと思わされる。
従える四人の家来たちは超個性的。トルコとフランスを一時間で駆け抜ける超俊足の男、船をまとめて何隻も投げ飛ばす怪力の黒人、大軍を吹き飛ばすほどの息を吐く小人、地球の裏側の的を当てることができる狙撃手。それぞれの超人的な能力を駆使して男爵を助ける。劇団の少女は女性にうつつを抜かす男爵にプリプリ怒っていたが、表情が愛らしい。みんな個性的で、こういう心の底から面白いと感じる映画も少なくなってしまったなぁ。
劇団の女優と女神ヴィーナスの役にユマ・サーマンが配役されているが、特に女神の方では美しさというより、神々しさがあった。そして演技とたたずまいが初々しい。確か後の映画ではメデゥーサになってたような。この人も現実離れした役を演じると光る。
笑ったのが、仲間を救い出したのに規律を乱すという理由で処刑を宣告される兵士がなんと歌手のスティング。この当時のスティングは確かに尖っている印象がある。チョイ役なのが残念。
しかし、作中には人間や社会への痛烈な皮肉と風刺が隠されており、頭と体が分離する月の王(クレジットはないがロビン・ウィリアムズ)には人間の理性と本能の対比、火山の神ヴァルカンが大陸間弾道核ミサイルを作っている理由は当時の米ソ対立を揶揄している。理性を掲げて酷薄な街の参謀長に男爵の奇想天外な冒険を重ねることで人の心の自由を訴えているように思える。
それら抜きでもこの映画は楽しい。何もかもが豪華で今の映画にはない明るさ、楽しさ、痛快さがある。テリー・ギリアムがその当時にやりたいことを全部詰め込んでいる。娯楽作なのだが、大人向けの寓意や演出もあり、単なる娯楽作になっていないのが面白い。そして男爵は冒険があり続ける限り生きている。

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