レリック 遺物
レリック 遺物(オーストラリア、アメリカ:2020年)
監督:ナタリー・エリカ・ジェームズ
脚本:クリスチャン・ホワイト、ナタリー・エリカ・ジェームズ
出演:エミリー・モーティマー
:ロビン・ネビン
:ベラ・ヒースコート
高齢社会の問題の一つに認知症がある。新薬が開発され、対処法や予防法など世間には明るい兆しはあるものの、依然として人が崩れていく悲しさ、辛さを感じさせる病気でもある。認知症の祖母とその娘である母と孫娘の三世代が怪異と老いと死に直面する新感覚ホラー。
樹々に囲まれた邸宅に一人暮らす祖母と連絡が取れなくなった。その娘である母と孫娘は祖母邸宅を訪れる。そこに祖母はおらず、散らかった邸内に生活行為を忘れないように記したポストイットがあちこちに貼り付けられていた。その日のうちに警察に捜索願を出し、邸宅に泊まった母は奇妙な夢を見る。山小屋のような室内のベッドに座る何者かの姿。更にその足元には黒ずんだ人のような物体も。その夢から目覚めた朝、キッチンには行方不明になっていた祖母がいた。裸足で徘徊したのか身体衣類は汚れていたが、特に異常は見られない。ただ一つ胸に大きく黒ずんだ痣がついていた。母は認知症を疑い、老人ホームへの入所を考える。次第に母の行動は異常さを増し、もの忘れ、徘徊、異食等々現れるが、果たして認知症からの行為なのか。祖母邸宅に使われている建材に答えの一つがあるようであった。
認知症から人が崩れていく悲しさが中心にあると感じた。本人は理解できないまま不安に襲われ、その衝動から行動してしまう。身近だった人には脅威を感じ、さっきまでの自分の行動を覚えていないので、生活行為をメモ書きして貼り付けるなどという辛い対処法をとってしまう。そのストレスは並大抵ではないだろう。それらはたしかに病気のなせる業であるのだが、この作品の祖母の異常な行動は何かに追われるような不安感をにじませる。その原因は彼女が住む邸宅にあり、物語の中ではそれは黒いシミのようなもので現れる。部屋の壁に現れ広がるように邸宅を侵蝕し、祖母の身体にも表れる。残念なことにこれが何なのかは分からない。母が見た夢や、曾祖父母に関係する因縁のようだが、はっきりとした明言はないので、不気味な反面これは何だろうとモヤモヤしてしまう。
全編暗く、陰鬱な雰囲気の中、祖母が壊れていく姿を映し出すが、それと同じくらい悲痛なのが、彼女の娘である母。母である祖母との関係が非常に揺れる。症状を心配して適切な対応ができる老人ホームへの入所を考えるが、それでいいのかと逡巡し、奇矯な行動を起こす母に振り廻されて悲しさがこみ上げる。それでも受け入れようとして親子の絆を感じさせる。
その母と対照的に孫娘は行動的。祖母の変貌の原因は家のある場所にあると考え行動を起こす。彼女がいることで、邸宅に潜む謎が現れ、その謎に囚われてしまう。このおかげで静か過ぎるほどであった作品が動き出すことになったので、キャラクターの使い分けができている。彼女も祖母と母の関係同様に、母との関係に少し揺らぎを感じる。仲は悪くないけど干渉から距離を置きたい意志を感じる。そして貴女にあげると優しくくれた指輪を、次の場面にはすべてを忘れて盗んだと怒って取り返そうとする祖母に、彼女は辛い思いをしたのではないかと同情してしまう。親しい家族から疑われ、罵倒されるのは悲しすぎる。
心情を中心置いた作品で、グロい表現も少なく、ポンポン怪異現象が起きる作品ではない。人が壊れていく姿に画面内に侵蝕する黒いシミがジワジワと忍び寄ってくる静かな怖さだが、展開にメリハリが乏しいので中盤は間延びする。後半からはこの邸宅はどうなってんだと変化はあるが、それも一瞬で盛り上がる恐怖が少ない。そしてラストはよく分からない締め方。推測だが死する者と死に往く者、そしてこれから生きる者の三者を祖母・母・娘の順で表現したかったんだろうと思う。その根源は黒いシミなんだろうが、やっぱりそのシミはいったい何?とモヤモヤが残る。認知症と死と怪異を結び付けるアイデアは良かったんだが、もう少しスッキリ終わらせてくれんかなぁと残念に思ってしまった。
我が国も高齢社会を迎えて、さあどうする、どうなるという段階。認知症に対しては各専門機関が現在意欲的な対策を進めているところ。願わくばオレがジジイになった時に認知症という言葉が死語になってほしいと思う。かつて観た映画を初めて観るように思えるのは儲けものだが、記憶容量と感動がもったいないしな。