『人生を変える幸せの腰痛学校』への思い──著者の伊藤さんと出会うまでの長い道のり
「腰痛学校」の産みの親である編集の藤代勇人さんが、以前に書いてくださった「腰痛学校」への思いをここで紹介したいと思います。
本書を企画したきっかけの原点は、25年ほど前にさかのぼります。
大学を卒業して入社した会社は、主に実用書を中心に出版活動をしている老舗の“ベストセラー出版社”でした。初版3万部は当たり前。今から考えると夢のような時代でした。
配属先の書籍編集部で最初に一から担当させられた本がいわゆる健康実用書というジャンルにあたり、ある東洋医学の治療院をされている方からの持ち込み企画でした。先輩から紹介されたベテラン女性ライターさんと取材収録をし、まとめていただいた原稿を直属の上司のアドバイスにしたがいながら“売れる健康本”にするために手を加えていきます。
「売れる健康本」とは何か──。
それは、たとえ科学・医学的に正確ではない方法であっても、よりわかりやすく、より簡単に、より端的に書かれている本のことです。あいまいな表現は極力廃し、できる限りズバッと自信満々に言い切ることが肝心です。これもあれも…なんてやり方を正直にいくつも紹介するなんてことはもってのほか。読者に迷いや不安を与えてはいけません。「これだけでOK!」と割り切ることが重要です。そして、著者の“先生”から提出いただいた体験者のコメントを適度に散りばめ、著者プロフィールにはこれまで治療した患者さんの数をできるだけ多目に表記します。そうして“○○すれば病気が治る”という本が完成しました。
発売早々に当時スタートしたばかりの昼の情報番組で紹介されたこともあり、この本は売れに売れました。初めて担当した本が、たとえ偶然とはいえまたたく間にベストセラーになったのですから、うれしくないはずはありません。実際、意気揚々と社内を闊歩してたはずです。しかしその一方で内心は違和感を抱いていました。それは、自分が出版社に入ってつくろうとしていた「本」とは違っていたからです。
私には、本とはまず読んでおもしろいもの。つぎにそれまで知らなかった考え方や価値観に気づかされ、心に小さな“変革”を起こしてくれるもの。そして、時々読みかえしたくなるもの。そんなイメージがありました。本を編集制作する過程は、見ることやることすべて新鮮で面白かったことは事実です。こんなことで給料もらっていいのかしらとさえ思えました。しかしいざ出来上がった本は、私が考えていた本とはいい難く、むしろ文字で書かれた“健康グッズ”みたいで、単に、結果売れたことだけにしか喜びは感じられませんでした。
それから1年後、私はその会社を辞めることにしました。以来、健康実用書をつくることはありませんでした。しかし、書店に行くたびに健康書のコーナーにはずっと足を運んでいました。やはり自分がつくった本のことが気になるわけですが、じつはもうひとつ理由がありました。どんな腰痛の本が出版されているのか気になっていたのです。
というのも、就職して間もない頃、朝の通勤中にギックリ腰になり、会社を遅刻したことがありました。降りるべき駅で腰が痛くて立てなくなってしまったのです。さいわい数日でよくなった(と記憶している)のですが、その頃上司と企画の話をしているときにある資料を見せられました。それは当時の厚生省が作成した「日本の労働者における潜在的腰痛人口」を示すグラフでした。はっきりとした数字は忘れましたが、1800万人ほどだったと思います。上司曰く、「こういう悩みをもった人たちに当てるのが企画の王道である」と。へぇ~、そういう考え方もあるのか──と感心はしましたが、だからといってそれを真似したいとは思いませんでした。ただ、そういう発想で生み出される本が実際にどんな内容なのか興味はありました。でも、どんなに月日が経っても書店に並ぶ新刊は私が担当した“健康グッズ”みたいな本ばかりでした。しだいに健康書コーナーから足が遠のいていきました。
それからずいぶんと経ったある日、今から6~7年前だったでしょうか、たまたま二冊の本を書店で見つけました。一冊は著者の伊藤さんも「あとがき」で大切な一冊として紹介されているJ・E・サーノ博士が書いた『サーノ博士のヒーリング・バックペイン──腰痛・肩こりの原因と治療』。もう一冊は本書の解説をお願いした長谷川淳史先生による『腰痛は〈怒り〉である』です。これら二冊の本との出会いにより、私が従来の健康実用書、とりわけ腰痛を治すための多くの本に抱いていた違和感が何なのかわかったような気がしました。まさに目からうろこがおちる感覚でした。
ちょうどその頃読んでいた、よしもとばななさんの『Q 健康って』の「まえがき」にこう書かれていました。
「健康ってなんだ、とズバッと斬り込むような本ではなく、なんとなく読んでいるうちにエネルギーがわいてくるような、考えるきっかけを与え、こうでないと健康とは言えないね、という幻想をこわすような本を作ろうと思った。」
ハッとしました。それが自分自身にスイッチが入った瞬間でもありました。このばななさんの言葉に突き動かされるように、腰痛を改善するための新しいアプローチの本をつくりたいという思いがモーレツにわきあがってきたのです。
それからきっとどこかに必ずいるであろう著者を探す日々が始まりました。
二冊の本の内容に共感し、ご自身も腰痛体験をおもちの方で、現在は何らかの腰痛治療者として活動されている方。
できれば女性がいいなあと思っていました。
やさしい言葉で、直感的に、読者と同じ目線で寄り添うように語ってほしいと思ったからです。
ちょうどその時期にコーチングを小説仕立てにした『ザ・コーチ』(谷口貴彦・著、プレジデント社及び小学館文庫)という本をつくっていたこともあり、ストーリーものにするのもいいなぁという気持ちがありました。
であれば、取材方式ではなく、ご自身で文章が書ける方でなければなりません。
ほとんど妄想の世界です。当然、なかなかいい人には出会えません。
しかし、思い続けているといつか願いは本当に叶うんですね。
あるサイトを丹念に見ていたとき、伊藤さんのお名前に目がとまり、調べると伊藤さんのブログにたどり着きました。
エントリーされている文章とプロフィールを拝見し、不思議なのですが、この人しかいないという根拠のない確信をすぐに得ました。
こうして、長い間逢いたかった人に巡り合えることができたのです。
この本は腰痛改善の本であって、腰痛改善のためだけに書かれた本ではありません。
もちろん、腰痛に関するどんな健康実用書よりも読んだ方のお役に立てるはずだという強い思いはあります。
しかしそれ以上にというのは変かもしれませんが、この本はこうすればよくなるという答えをただ提示するわけではなく、読み終わって自分のからだが愛しく感じられたり、からだの奥底から楽しい気持ちがわき上がってきたり、今日よりも明日と希望がふくらむようになったり、誤解を恐れずに言えば、たとえ腰痛であっても毎日をいかにわくわくして生きるかを考える方が大事なんだと思えるようになる、そんな本です。
そしてそれは、伊藤さんだからこそ書けた唯一無二の腰痛改善のための物語でもあります。
この本のなかに好きな描写はたくさんあって書ききれませんが、あえてあげるとするならば、佐野医師の次の台詞が大好きです。
「そういえば、みなさん、太陽の光は浴びてます?」
「晴れた日には外に出て空を見上げましょうよ。ほら、とっても気持ちがいいんですよ」
シンプルに生きること、シンプルに考えること、シンプルに行動すること。そんな些細なことこそがどれだけ自分自身を癒やし、喜ばすことにつながるのか。佐野先生、いえ、伊藤さんはさり気なく教えてくれています。
紙ヒコーキ舎 藤代勇人
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