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#ショートショート

あなたも幻

わたしがお気に入りのドレスに 袖を通したある日の午後、 あなたは居なくなった。 太陽が頂点に昇った時刻、 あの人はたしかに満面の笑みでわらっていた。 そして、 日が西の地平線へゆっくり沈んでいくなか、 彼の姿も消しごむで消されていくように 徐々に徐々に消えていった。 わたしの元には あなたがいいねと言った緑のドレスと そのときの笑顔の残像だけが残っていた。 あなたが消えた日の夜、 わたしは、自分の足元に広がる影を見つめながら、 あなたが消えてしまった世界との接点だと

白い部屋

名前をなくしたあの子は カーテンのすき間から 夜空を見上げていました。 『明日は満月だ』 そういって、両手で月を捕らえると 彼女の細い指からひかりが溢れ 小さな氾濫が起きました。 それから 砂のようにスルスルと落ちながら ひとつの束になったのです。 ため息のようにゆるやかに、 部屋の中央へ向かって 暗い絨毯の草原をゆっくりとかき分けながら 流れ込んでいきました。 ひかりの川を目で追っていると ある人の笑った声が耳元で聴こえて 彼女のこころは途端に白く染まりました。

海の中で

太陽が沈んだ後、街は海の底へ沈んだ。紺色に染まってゆく空はそこに在ったはずのものを陰のなかへおくりこみ、わたしもわたしの周りのものたちも大きな海のなかに放り込まれ、気付けばとなりに居たはずの君もあなたの目の中のわたしも消えていた。 身体が暗闇へ吸い込まれてしまった今、記憶だけがわたしと思う。海中で朧げに映し出される映像を眺めていると、そこに何らかの印を持つじぶんたちを見つけるのだった。 ある朝、市場で買ってきたラベンダーの花を贈られ花言葉に鬱陶しさを覚えたこと、気に入らない

時間のない記憶

窓から零れるように手を伸ばし、 突き離した思い出を拾いあげた。 菫色の空へ、かざし、見つめるその奥を。 チクチクと刺すような気分を通り抜けて出会う 光、匂い、歌声は、 からだで捕らえた覚えの数々。 それぞれが、それぞれの発色で、あの時のまま。 陰は陰のままに。 あの日のあの時間たちは、 何かを変えようとすることなく生き続けて、 そして今この瞬間、 沈みゆく太陽の光と同じように、 瞬きだした星と同じように、 時間のない世界で、 わたしと一緒に生きている。

Blurred

陽炎のようにゆらゆら揺れて 世界の輪郭が滲んでしまうことを 泪と呼んだの

ボクたちの時間

「世の中のいう時間なんて 本当は存在していないんじゃないかな。 なのに、わたしらはめーいっぱい 誰かが決めた枠の中に今日を詰め込み、 まだ存在していない未来を思索し、 もう存在していない過去を思い、耽ったりするんだよ、 そのなかで目まぐるしく。 あと何日、もう何年、何歳とかって そんなふうに時間は区切れるものじゃないんだ。 数字じゃないんだ。 だって時間は、その人の命だから。」 そう言う、君と共に過ごすボクたちの時間、 気づいているかな。