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#掌編小説

海の中で

太陽が沈んだ後、街は海の底へ沈んだ。紺色に染まってゆく空はそこに在ったはずのものを陰のなかへおくりこみ、わたしもわたしの周りのものたちも大きな海のなかに放り込まれ、気付けばとなりに居たはずの君もあなたの目の中のわたしも消えていた。 身体が暗闇へ吸い込まれてしまった今、記憶だけがわたしと思う。海中で朧げに映し出される映像を眺めていると、そこに何らかの印を持つじぶんたちを見つけるのだった。 ある朝、市場で買ってきたラベンダーの花を贈られ花言葉に鬱陶しさを覚えたこと、気に入らない

時間のない記憶

窓から零れるように手を伸ばし、 突き離した思い出を拾いあげた。 菫色の空へ、かざし、見つめるその奥を。 チクチクと刺すような気分を通り抜けて出会う 光、匂い、歌声は、 からだで捕らえた覚えの数々。 それぞれが、それぞれの発色で、あの時のまま。 陰は陰のままに。 あの日のあの時間たちは、 何かを変えようとすることなく生き続けて、 そして今この瞬間、 沈みゆく太陽の光と同じように、 瞬きだした星と同じように、 時間のない世界で、 わたしと一緒に生きている。