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レポート | 一杯のコーヒーが、病院にあけた風穴

医療と地域の担い手たちによるコミュニティデザインプロジェクト「いとちプロジェクト」では、2023年11月〜12月の毎週金曜日、病院内の喫茶室でフリーコーヒーをふるまうプロジェクト「喫茶いとち」を行いました。

ある日の喫茶いとち。ゆったりとした時間が流れています

舞台となったのは、「地域医療と全人的医療の実践」を理念に掲げ、人や地域に根ざした医療を提供する「かしま病院」です。11月24日から12月29日の計6回の開催で、かしま病院の職員延べ168名、患者・地域住民延べ68名、総勢236名の方が喫茶いとちに足を運んでくださいました…! ご利用いただいたみなさん、本当にありがとうございました。

カフェスタッフを務めたいとちプロジェクト初代インターン生の池本くん(左)と前野(右)

このnoteでは、喫茶いとちのカフェスタッフを担当した前野が、喫茶いとちをはじめるに至った経緯、開催に向けて行った準備、喫茶を利用したみなさんの声やアンケート結果、今後に向けた展望を紹介していきます。

だれもが自分らしくいられる社会の実現を目指し、「コミュニティホスピタル」や「コミュニティナース」、「社会的処方」などのキーワードに注目が集まる今、医療と地域の関係性をつくるという観点は、ますます重要になります。喫茶いとちを振り返りながら、病院を地域に開く意義についても改めて考えていきたいと思います。


◆きっかけ①|コロナ禍で失われたもの

喫茶いとちを立ち上げる一番はじめのきっかけとなった、2023年5月8日。8日が何の日だったか、みなさん覚えていますか? この日は、日本で新型コロナウイルス感染症の位置付けが「5類」へ移行し、感染リスクから制限されていた外出やお店の営業が通常に戻った日でした。

かしま病院の月刊誌でも「5類への移行」が特集テーマに

かしま病院では、5類移行にあわせて「面会制限の緩和」が行われ、面会時間は15分と短縮になったものの、入院患者のお見舞いが再開されました。久しぶりに家族に会えるということで、面会時間には多くの方が受付窓口に集まっていたといいます。

とはいえ、かしま病院はもちろん、ほとんどの医療機関では、コロナ禍での感染対策から交流スペースの閉鎖や雑誌・本棚の撤去が余儀なくされ、病院内でホッと一息つける場所が少なくなっていました。

非医療従事者でありながら、いとちメンバーとして活動する私のような「地域住民」に何かできることはないだろうか? かしま病院で働く職員の話を聞きながら、病院内の居場所についてぼんやり考えはじめました。


◆きっかけ②|病院の中にとびこんでみる

かしま病院居場所プロジェクト(仮)のアイディアを深めてくれたのが、毎週火曜日に行っている研修プログラム「いとちワーク」です。いとちワークでは、かしま病院で地域医療を学ぶ医学生や薬学部生が、病院や施設から一歩地域に出て、まちなかを歩いたり、保育園の子どもたちと遊んだりしながら、人や地域をまるごと診る視点を養います。

畑が点在する鹿島では、農家さんの姿をよく見かけます
元気なこどもたちにとっての「医療」とは?

いとちワークの講師を務める地域活動家の小松理虔さんは、ワークの冒頭で医学生たちに「自分の考え方、モノの見方の枠を抜け出してみよう」と伝えています。この言葉には、患者の病気を治す「医師」ではなく、まちの魅力を探す「地域のプレイヤー」になりきってみよう、そんなメッセージが込められているのです。

医学生たちにいろんな視点をレクチャーする小松さん(左)

未知なる体験にとまどいながらも、医学生たちは、まちを歩いて印象に残った風景を自分の言葉で語ります。医学生が変容していく様子をそばで見ながら、ふと、こんな考えが頭によぎりました。「普段のモノの見方を抜け出すことは、医学生だけでなく自分にもあてはまるんじゃないか?」と。

私はこれまでの人生で、”病院は病気になったらいく場所だし、比較的健康で20代の自分には関係ない”とか、”病気にかかる原因の多くは自分の不摂生だから、診察室では先生に怒られるにちがいない、先生怖い”とか、ネガティブな印象を抱いていました。(病院が苦手なみなさんも、同様でしょうか…)これでは、病院との距離は縮まりません。

医学生たちが地域にとびこんだように、地域に関わる私も病院にとびこんでみる。次なる打ち手をもらった私は、「自分が病院の中でできそうなこと×居場所」でアイディアを考え続けました。


◆開店に向けた準備①|「喫茶室」復活プロジェクト

最終的にアイディアは、病院の中でコーヒーを提供する「院内カフェ」にまとまりました。かつてのバイト先で学んだバリスタの経験を活かせること、手軽にはじめられること、かしま病院内の「旧喫茶室」を利用できること、この3つが決め手となりました。

かしま病院内の旧喫茶室

旧喫茶室の名の通り、もともとこの場所は「喫茶室」として運用されていました。鹿島町在住の管理栄養士がつくるランチや軽食が販売され、お昼時にはスタッフや住民の方が集う憩いの場だったといいます。

営業終了を伝える喫茶室のボード
売れ筋1位は、ホットたまごトースト

コロナ禍やさまざまな理由から36年の歴史に幕を下ろしたかしま病院の喫茶室を、もう一度復活させたい。喫茶いとちは、「喫茶室の復活」も兼ねた取り組みへと広がっていきました。


◆開店に向けた準備②|その人にあった味を

喫茶いとちでは、いわき市小名浜で自家焙煎コーヒーを提供するコーヒーショップ「養田珈琲」の豆を使用しました。養田珈琲では、店内で淹れたてのコーヒーが飲める他、いわき市のふるさと納税返礼品にも選ばれている「ドリップバック」や豆を購入できます。豆を仕入れるついでに、コーヒーを飲もうとメニューをみていると、マスターから「ランチは何を食べましたか?」と質問が。

マグカップによっても、コーヒーの味が変わるんだとか…!

しばらくおしゃべりを続けていると、その人にあったコーヒーを提供するために、気分や体調、味の好みを聞いているんだとマスターが教えてくれました。「チョコケーキにあう豆」「この時期に美味しく感じる豆」「初心者でも美味しく淹れられる豆」なども紹介いただき、奥深いコーヒーの世界にすっかり引き込まれていました。

一人ひとりの価値観や好みを丁寧にヒアリングすること。マスターの姿勢は、かしま病院の総合診療医や病院家庭医の先生たちが大切にしている「症状だけでなく患者の背景まで診る」姿勢にも通ずるかもしれない。そんなことを感じました。

教えていただいた飲みやすい豆でコーヒーを淹れていました


◆喫茶いとち①|思いがけない常連

豆の仕入れをはじめ、チラシづくりや備品の買い出し、喫茶いとちの立て看板づくりなどを終え、プレオープンに向けた準備が整いました。なんにせよ、院内カフェはかしま病院では前例のない取り組みです。準備は万端だったものの、果たしてお客さんはきてくれるだろうか、ニーズはあるのだろうか・・・ 全く予想がつかない中で、プレオープン当日を迎えました。

喫茶いとちのロゴが入った紙ナプキン

11月24日朝10時、喫茶いとちがいよいよ開店。開店と同時にやってきたのは、リハビリに励む入院患者のみなさんとリハビリスタッフのみなさん。当初、患者さんは食事制限があり利用が難しいのかなと思っていたため、意外なお客さんに驚きました。

車椅子のままでも利用できるカウンター席

院内に漂うコーヒーの香りにつられてやってきたという患者さん。コーヒー好きだという方が多く、営業時間もリハビリの小休憩にぴったりということで、多くの方に利用いただいてとても好評でした。

「え?〇〇さんって、××が好きだったの?」
カウンターでコーヒーを淹れていると、こんなやりとりが聞こえてきました。ここだからこそ話せる話題があったのかもしれません。

コーヒーを待つ間は、おしゃべりタイム
「コーヒーの飲み方」をサポートするのはリハビリスタッフのみなさんです

嚥下(飲み込む力)が難しい方は、担当のスタッフが持参した「とろみ」をまぜてつくる、スペシャルな「とろみコーヒー」を楽しんでいました。リハビリコミュニティ内の口コミ効果がすさまじく、10時〜11時の時間帯は、ほぼリハビリのみなさんが喫茶を利用していました。


◆喫茶いとち②|病院内に生まれた、ごちゃまぜの場

お昼時になると、事務部、清掃スタッフ、看護師、医師、医療ソーシャルワーカーなどいろんな部署の方が集まり、喫茶室はかしま病院の職員で満席に。お弁当を食べる方もいれば、打ち合わせで利用される方、まったりおしゃべりをする方など、過ごし方も人それぞれでした。

喫茶室には多職種交流が生まれていました

利用した職員からは、「コーヒーを待つあいだに、たまたま隣り合わせた他部署の方と会話が生まれた」「普段お話できない方と話せてよかった」「いろんな声が聞こえて、ガヤガヤして楽しかった」という声が聞かれました。

リピーターで利用する職員が多く、仕事の息抜き以外にも「出会いや交流を楽しみたい」というニーズがあることが明らかになりました。今回のアンケートでは、喫茶を利用した声を集めていたため、実務にどのような効果があったかは把握できませんでしたが、多職種連携やチーム医療への影響についても、調査していければと思います。

※アンケート結果はこちらからダウンロードいただけます!


◆ふりかえり|社内広報、社会学、コミュニティデザインの視点で捉える「喫茶いとち」

喫茶いとちの運営を担当したのは、かしま病院広報企画室兼いとちメンバー、いとちの初代インターン生・池本次朗くん、そして前野です。後日、それぞれの視点で喫茶いとちをふりかえりました。

広報メンバーが感じていたのは、社内での反響や手応えです。いとちプロジェクトの代表を務める江坂さんのもとには、「いとちに興味はあるけれど、普段の業務が忙しいからなかなか参加できなかった。今回の取り組みで、いとちがやろうとしていることがわかってよかった」という声が届いていたといいます。

いとちプロジェクト代表の江坂さん(左)と初代インターン生の池本くん(右)

江坂:喫茶いとちが、職員の息抜きになるだけじゃなく、いとちプロジェクトを周知するきっかけにもなっていたと思いました。広報メンバーだけでなく、他の部署のみんなにいとちに関わってもらえるような仕組みを考えていきたいです。

2022年にはじまったいとちプロジェクトは、かしま病院では「新規事業」に位置付けられる取り組みです。さらにいとちプロジェクトの輪を広げていくためには、かしま病院内での仲間集めが必要なタイミングでした。

いとちワークや県外の医大生がいわきの地域医療を学ぶいとちツアーなど、これまで地域を軸に行ってきたいとちの取り組みを、病院内で行う。喫茶いとちが、内(=地域)と外(=病院)をつなぐだけでなく、内と内とをつなぐインナーブランディングに資する取り組みになっていたのかもしれません。

大学で社会学を専攻する池本くんからは、「患者さんが『患者』という役割をはずせたことで、リハビリスタッフとのコミュニケーションに幅がうまれていた」という感想が共有されました。池本くんが着目していたのは、リハビリスタッフと患者さんの「会話」です。

喫茶の利用について案内するのもスタッフの仕事です

「病気の話よりも個人の話がでていたのは、職員も医療者としての役割をゆるめられていたからではないか」と語る池本くん。役割をゆるめるためには、個人の心がけだけでなく、自然に役割がゆるむ環境をつくることが重要だと感じました。

私は、コミュニティデザインの視点から、「喫茶いとちの運営に関わったことにより、病院で働く人の姿や思いが知れて、これまで病院に抱いていたネガティブなイメージが払拭された」と自分の体験をふりかえりました。

喫茶いとちはもともと、「病院内に新たな居場所をつくる」という目的からはじまった取り組みです。ブレがないサービスを提供するならば、私たちのような初心者が喫茶の担い手になるのではなく、フランチャイズのカフェを導入するほうがよかったのかもしれません・・・。

しかし、今回の喫茶いとちでは、はじめての取り組みながらも自分たちの手でつくることを意識しながら準備や運営を行っていました。注文をとる、コーヒーを渡す、アンケート用紙を配る。些細なところにも、あえて手間隙をかけてきたのです

いとちメンバーの湯田さん。喫茶室の掃除もみんなで取り組みました

この「手間隙」が生み出したのが、いとちメンバーと病院スタッフ間のコミュニケーションでした。喫茶が終わった今でも「顔のみえる関係」は続いていて、スタッフの方とすれ違った時に交わす挨拶が増えたと感じています。

「医療サービスを提供する側・される側」という医師-患者の関係性を抜け出し、サービスを提供する担い手になること。理虔さんや池本くんが言及していた「役割を抜け出す・ずらす」装置としての「院内カフェ」に確かな手応えを感じました。


◆今後の展望|学びのプログラムとして

今回の喫茶いとちは、かしま病院の職員やリハビリに取り組む患者のみなさんにアプローチできたものの、入院患者のご家族や住民のみなさんへの周知については、まだまだ課題が残る結果となりました。時間帯や場所を変える、運営ボランティアを呼びかける、リヤカータイプのカフェに挑戦するなど、工夫したいと思います。

また、企画時に他のいとちメンバーから「医学生の研修プログラムとしても活用できるのではないか?」という声があがっていましたが、十分に医学生を巻き込むことができませんでした。「『医療者』としての役割を外す」という視点を、今後のプログラムづくりに活かしていきたいです。

新年度。いとちプロジェクトは、3年目に突入しました。新しく加わったメンバーと共に、盛り上げていきたいと思います。今年もよろしくお願いいたします!

2024年度、かしま病院には24名の方が入職しました!


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