「やれない理由」より「やれる理由」
さくらが綺麗に咲いていましたが、だいぶ散ってきました。
最近聞かせてもらった話の中で、
「やれる理由」を探す
この言葉がグッときました。
何か始める時や、始めてから少し経過したところで、
「やれない理由」 探しがちになっていることがあったな、と過去に。
「やれない理由」が先行して、全然やらなくなったことを思い返すと、
英語の勉強しようと思って、1週間くらいでやめたり
柔軟頑張ってやろうと思って続かなくなったり、
その理由も、自分は大体「時間ないから」とやれない理由を作っていた気がします。
なぜポジティブにできなくなったのだろう、何か目的があった始めたのに「やれない理由」ばかり並べていたんだろう。
「やれる理由」
1日の中で仕事もしながら、特に何もしていない時間もありながら、工夫すればできるはず。いや、できる。
このnoteだって、1ヶ月続いている。(だいたい週1ペースで。内容も気づいたこととして幅も広げて)
「続けられた」という短期間ではあるが成功体験も必要。そして、それを自分に思い込ませることも必要。そうするとなんだか続きそう。
「やれない、やれない」と暗示しているから続かない。
「やれる、やれる」無理せず、自分の身の丈に合わせて、楽に。
「やれない理由」探しよりも、自分に合わせた「やれる理由」探し。
伊藤申泰