夜の青い秋へ
十月に咲く桜は慎ましげに、その夜へ佇んでいた。御所の南西、出水の小川の流れるその向かいの辺りだったろうか。薄暮に背中を追われ歩いていた彼の目が、ゆるやかに牡丹雪へつかまった。細枝に小さく咲きかけた白色の花は星雲のように、暮色の濃くなりまさる漠とした不安は彼の眼と鼻と耳を辺りに溶け出させ、その遙かに大きな木の下に身体を投げ出してしまいたくなる。するとどこからか匂う、凍てつく女神の青さから、彼の視界は、未だ知らない輪郭を縁取りはじめた。彼はそんなことも知らずにただ、か細い一本の眠れぬ桜を見ているだけだった。